料理家 角田真秀さん

食生活はこころとからだを満たして、気分よく歳を重ねるための重要なカギ。
「料理をつくること」は、日々の暮らしの豊かさと深くつながっています。
今回、お話を伺ったのは、料理家の角田真秀さん。
ごく身近な素材を、砂糖、塩、酢、しょうゆ、みそといった基本調味料で味つけする
レシピは、体にしみ入るようなやさしさにあふれていて人気です。
日本料理店に生まれながら短大卒業時には別の道に進み、
料理家となった今も、活動の幅を広げている角田さん。
人と料理とのいい関係とはどういうものなのか、料理との向き合い方について、お伺いしました。

お話をうかがった人/料理家:角田真秀さん
聞き手/ウェルビーイング100 byオレンジページ編集長:前田洋子
撮影/原 幹和
文/中村 円
撮影協力/Adam’s Awesome Pie
https://adamsawesomepie.owst.jp/


ごみを増やしたくなくて販売の仕事を辞め、料理の道へ

前田 このサイトでは「ウェルビーイング」、人間が「よく在る」かたちを探っていこうとしています。ウェルビーイングの調査結果で「料理をすると人生の満足度が高くなる」という調査もあるのですが、料理をすると人はどんなふうな気分になれるのか、変われるのか、そんなことをお聞きできればと思います。角田さんが料理をし始めるようになったのは、結構遅くなってからなんですね?

角田 そうですね、私は20代の半ばまでほとんど料理をしたことはなくて、料理家として本格的に活動を始めたのは、30代になってからなんです。

前田 何かきっかけがあったんですか?

角田 両親が九段下で料理店を営んでいたのですが、場所柄、出版社などの方から「撮影のときのまかないを作ってほしい」などと頼まれることがあって。中学、高校、短大と女子美術大学に行っていたので、同級生の絵画展のオープニングパーティの料理を頼まれることもあって、店を手伝いながら「依頼にどんなふうに応えられるかな?」と考えながら料理をして、ご依頼いただく機会が増えていったという感じです。

前田 その前はすごく売り上げの上がる、無印良品のフロアリーダーだったそうですね。

角田 短大を卒業してから5年くらい、無印にいました。新人教育、売り場管理、ディスプレイ、発注と店に関わる業務全般をしていて、すごく忙しかったんですが、とても楽しくて! 1日で店舗全体の売り上げが1000万円以上になることもありました。

前田 1000万円! なかなか達成できる金額ではないですね。それだけ成果が上がると職場でも認められて、そのままずっと働いてしまいそうですが、お辞めになることにしたのは、ご実家の料理店があったから?

角田 家業が関係したというよりは、働いているうちに、「自分がやっている仕事がどこにつながっていくのかな?」ということを考えるようになって。販売の仕事は自分にとても合っていたんですけど、モノを売るということは、ごみを増やすということにもつながっていると思うようになって、とても辛くなってしまいました。数字を出せば出すほど、「怖い」という気持ちが大きくなって、数字を出さない、形のあるモノを売らない仕事をしたいと思うようになりました。

前田 能力もあって、結果も出していて。今でこそSDGsなど環境問題に関する関心が高まっていますが、そのころ「地球のごみを増やしたくないから仕事を辞めたい」という理由で、上司のかたは納得されましたか? ともかく、時代のだいぶ先を行っていらしたんですね。

角田 当時の上司には、言っていることの意味がわからないと、まったく理解してもらえませんでした。今までたくさんの人が辞めていったけれど、そういう理由で辞めた人はいない。君の行く先も見ていたいから、納得のいく仕事をきちんと見つけてから辞めなさい、と。半年くらい考えて、「何かを作る仕事をしたい」と思って。美大出身なので陶芸などの道も考えたのですが、やはり形が残ってしまう。消えていくもので、目の前の人を確実に幸せにすることができることができるものは? と考えて、次第に「料理しかない」と思うようになりました。

前田 それで料理家になられたのでしょうか? 料理家というと、もっと若いうちから料理家の先生のアシスタントについて仕事を覚えていくイメージがありますけど、角田さんは成り立ちが違いますね。

角田 「料理家」になりたいと思ったことはなくて、今でもなったつもりがないんです(笑)。

何かと何かを組み合わせ、組み立てる仕事がしたい

前田 なったつもりはない! いつも職業より自分に軸がある感じですか?

角田 いただいた仕事で、自分の力で実現できることなら挑戦してみたいですけど、料理そのものがすごく好きかというとそうでもなくて、料理に限らず組み立てたり、組み合わせたりするのが好き。たとえば私の知り合いの、「この方とこの方を会ったらいいこと(事業)ができそうだな」とか考えるのが好きで、料理も同じようなテンションで考えていて、あまり料理だけを考えていることはないですね。

前田 「角田さんのお料理は、基本的な調味料とかシンプルな野菜や肉とかの組み合わせがすごくいい」「思ってもみなかった組み合わせで驚く」という声を聞きますが、組み合わせなんですね。それと、シンプル。シンプルにということは意識されているんですか?

角田 もともといろいろ混ざった料理が好きではないんです。日本は足していく料理、「こんなにすごいでしょ」というような料理が人気だと感じるんですけど、海外に行くとクロックムッシュとカフェオレくらいのシンプルで軽い料理も出てきますよね。海外では料理もスポーツもして、美術館にも行く。そういう、暮らしの中のいろいろな行為と同じくらいのバランスで料理があって。それに対して日本は料理の比重が重くなりがちな気がするんですけど、ほかのことがあった上での料理でいいんじゃないかと。だから私の本では、読んでくださった方の気が楽になる料理を紹介したいと思っています。

前田 「気が楽になる料理」ですか。具体的にはどんな料理でしょう?

角田 たとえば大根とにんじんとしょうがをオリーブオイルで炒めて煮るだけで、スープになります。オイルで炒めるだけでちゃんとコクが出る。ないものを求め、探すのではなく、すでにあるものでそれなりにおいしく作れます。すでに手にしているものが日常の中にはあるから、「もっともっと欲しい」と思いすぎずにあるものを生かしましょう、と。

前田 すでに手にしているものを生かす、という考え方はいつ頃からのものですか?

角田 子どもの頃からかもしれない。あの人より自分がすごい、あの人はいやだ。そんなふうに自分の手の中のものを見ないで競い合うのがいやなんです。社会人になってから料理をするようになったのも、「自分が食べるお弁当を作ってみよう」っていう気持ちになったのもありましたが、当時職場では「売り上げを上げたい」というポジティブな目標に対して、なんとなくネガティブな発言も多くなっていたんです。私は、それだとあまり居心地がよくなかったのでそのネガティブなベクトルを違う方向に向けようと思い「ちょっと焼いてみたんだけど」と、ケーキを出してみたんです。そしたらそのケーキがその場の雰囲気を変えたんです。一つの食べ物がそこに登場しただけで空気も、そこにいる人達の言葉も変えてしまう。

それで、料理なんてできないのにケーキを焼いていくようになって。一度作り出すと、元が凝り性だから毎日ケーキを焼いてみたりして。ケーキの次は豆を煮てくるね、なんてことをやっていたら、嫌な会話はなくなって、売り上げも伸びました。それで料理ってこれだけの力を持っているんだな、すごいなと思って。たぶん「すごいおいしい〜」という気持ちと「ムカつく」などというネガティブな気持ちは両立しないんですね。

前田 いろいろなもののまとめ役として、料理がピタッとはまっている感じ、なのでしょうか。それと、料理家になったつもりもないとおっしゃっていましたが、料理の仕事はご自分に合っていると思いますか?

角田 まだわからないですね(笑)。父のように職人として料理をしている姿を見てきて、圧倒的な技術の違いを感じます。父のことはすごく尊敬していて、とても超えられません。私は父のように料理に特化しているわけでもないし、責任を持ってやれることなら、何でもいいと思っているんです。今、すごくやりたいのはスーパーの仕事です。

前田 えっ?スーパーですか?

角田 品出しとかすごくしたいんですよ。お客さんが買う気になる陳列とかしたいです。スーパーに行っても、そんな視点でばかり品物を見ています。以前は鮮魚売り場で働きたくて、あるスーパーに電話をかけたんですが、料理研究家をしていると話したら、私はすごく本気だったのに冗談だと思われて、断られたんです。でも、その後、同じスーパーから全国版のポスターなど、広告の料理のお話をいただいたのでまぁいいか、と(笑)。

前田 みんな、だいたいは自分の職業のまわりで仕事に縛られてじたばたしてしまうけれど、角田さんはいつも中心に自分があるんですね。

シンプルに食材と基本調味料を組み合わせる角田さんのレシピ本。『塩の料理帖』は調味料としてだけでない塩の使い方を考え、引き出してあり、一家に一冊あるととても重宝する。

自己肯定感を高めてくれた料理。これからはだれかの仕事を作りたい

前田 いろいろな選択肢がある中で料理を仕事として選んで、変わったことはありますか?

角田 自己肯定感が高まりました。

前田 料理が自己肯定感を高めるというお話は、ウェルビーイングの構成要素につながりますね。

角田 毎日が、料理で素材同士を組み立てることだったり、あるときは仕事自体を組み立てることだったり。料理の仕事を始めてしばらくしてから、味つけや仕事のゴールが見えるようになって、そこに向かって何かを組み立て、その通りにできるというのは、とても自己肯定感が高まります。

前田 あっ、好きな「組み立て」ですね。

角田 高校時代はひたすら筋トレをしていて、大学でも運動三昧だったんですが、スポーツは勝てない相手がいますから、自己肯定感は全然持てなかったですね。体を鍛えていたときは、むしろ傷つきやすかったです。でも料理は自分のため、目の前にいる人のために作るもの。争いではないですから。それと、レシピの反響が伝わってきて、「自分のレシピが誰かを幸せに出来たかな」と感じることもあります。だからレシピは「どうだ!」と力を見せるものではなくて、「これなら私でもできる」とだれかの背中を押すものでありたいです。今までは本を中心にレシピを発表してきましたが、現在は意識的に今までのようなレシピの作り方からは離れていて。多摩地区の野菜を使った特産品づくりの準備をしています。

前田 料理という扉で新たなものが開いていく感じですね!

角田 うちは両親ともにあまり野菜を食べなくて、体を悪くしたりして。もっと野菜を食べて欲しくて、野菜を知ろうと10年ほど前に農産物が育つ多摩地区に引っ越してきました。いい野菜を手に入れて料理に使えるというのもあるけれど、野菜作りの裏側には商品にならないものもたくさんあると知って、今はそういうものを活用して、人に喜んでもらえるようなものを作りたいと思っています。加工品にするだけじゃなくて、それを作る加工所を作って。お子さんを持って一度仕事から離れた人がプライドを持って取り組める仕事、また挑戦できる環境を作りたいですね。

東京・立川、国立間にある水耕栽培でサラダリーフなどを作る「あみちゃんファーム」の野菜。こうした地元農家と角田さんの新たな取り組みにも期待が高まる
あみちゃんファーム https://amino-farm.com/

前田 プライドを持ってできる仕事が皆に必要、と。すごく重要なことをおっしゃった。

角田 私自身はどんな仕事でも、目の前のものにプライドを持って働けると思います。でも、学生時代の友人を見ても、なかなかそういう場が見つからないようです。でも、誰かが取り残されてしまう社会ではないといいな、とずっと思っていて。だから料理も人との関係や社会的なつながりを作るきっかけになるのでないかなと。今は特産品づくりのご依頼をいくつかいただいているので、形にしたいですね。自分自身が料理を作るのではなく、関わった人がステップアップするためのレシピを作っていきたいです。今までと違うところに行って、違う人に会って。違う刺激を受けることで、また違うレシピが生まれるかなと思っています。


角田真秀(すみだまほ)
料理家
東京・九段下の日本料理店「まるみ」を営む両親の元に生まれる。販売の仕事ののち、飲食店の立ち上げなどを経て家業を手伝うように。夫とともにフードユニット「すみや」としてケータリングをスタートし、料理研究家へ。著書に『塩の料理帖』(誠文堂新光社)『基本調味料だけで作る毎日のお弁当』(PHP研究所)など。
https://www.instagram.com/sumimaho/

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