ウェルビーイングの鍵はバイオテクノロジーにあった

ミドリムシといえば、光合成をするのに動くこともできる藻類だと、
小学校で習った記憶があるのでは?
体調はたったの0.05mm。約5億年も昔の太古の地球に誕生し、
その小さな体内にはなんと59種類もの豊富な栄養素を抱え込んでいるという。
そんなミドリムシのパワーに着目し、有用性を世間一般に知らしめたのは、
ミドリムシの学名を冠したバイオベンチャー企業、株式会社ユーグレナ。
さまざまな分野で展開する事業を通して、地球と私たちの幸福を追求する姿を追った。

お話しをうかがった人/(株)ユーグレナ 広報宣伝部部長 北見裕介さん
聞き手/ウェルビーイング勉強家:酒井博基、ウェルビーイング100 byオレンジページ編集長:前田洋子
撮影/原幹和(北見裕介さん)
文/小林みどり


━━━ユーグレナが初めてメディアに登場したときは、非常に強いインパクトを受けました。創業のきっかけは何だったのでしょう。

北見さん(以下、北見)「弊社は17年前にできた会社なんですけれども、創業者である出雲 充がインターンシップでバングラデシュに行ったのがきっかけなんですね。
バングラデシュにはきっと食べるものに困る人たちがいるのだろうと思って行ったら、食事の量の問題以上に栄養バランスが悪かった。その結果、体調がよくない状態で生活している方々がいっぱいいるんだということに気づき、栄養のバランスを改善するための食材が何かないか、という思いを持って日本に帰国しました。

ヒントを得ようと周りに話を聞いていく中で、後輩のひとりから、藻の仲間でユーグレナがある、栄養たっぷりでいろいろなことに転用できる可能性が研究上分かっていると聞き、じゃあそれにしよう!と。

ただ、ひとつ問題があって、微細藻類ユーグレナの大量培養する方法は当時、まだ見つかっていなかった。でも大量培養方法を見つけ、事業にして規模を大きくしていけば、栄養の問題や社会の課題を解決できるはずだと。やがて、食用ユーグレナの大量培養に世界で初めて成功するわけですが、実は培養に成功する前に会社を作っていたんです。まだユーグレナの大量培養が成功するのか分からないのに、ユーグレナで世界を救うと決めたので、社名をユーグレナにしたと(笑)

会社を立ち上げたあとに、石垣島で培養に成功し、事業化がようやくできました。
ユーグレナには59種類の栄養素がありますが、人にとってだけでなく地球上のほかの生物たちにとっても豊かな栄養素のかたまりなわけで、しかも弱いので、すぐにほかの生物たちのエサになってしまう。だから大量培養ができないと言われてきたんですね。
大学の先生含めいろいろな研究者たちがあきらめるかもしれないというレベルまでなっていたものを、弊社の創業メンバーが大量培養の手法を見つけ、事業化したわけです。

そこから、まずは食品事業をスタートしました。その後、化粧品の事業へ。さらに、ユーグレナの上質な油分を活用すべく、12年ほど前にバイオ燃料の研究がスタートしました。そして2020年にバイオ燃料が供給できたんです。10年かけて、ようやくです。

弊社は17年の歴史がありますが、決して順風満帆だったわけではありません。振り返ると、新しい技術の発見、イノベーションの創出と社会実装に注力してきた17年だったなと思います」

創業者 出雲 充(左端)氏とバングラデシュの人々

━━━まず想いがあって会社をつくり、研究しながら事業を進めていく。そういった成り立ちや着目した背景が、今の一貫した企業理念につながっているのですね。

北見「そうですね。今、ユーグレナ・フィロソフィーとして、《サステナビリティ・ファースト》というものを提唱しています。
創業15年目のタイミングで、会社を新たに大きくしていきましょうという想いを込めたプロジェクトが立ち上がり、その中で、《サステナビリティ・ファースト》という言葉にたどり着きました。

先ほどから話に出ていた通り、イノベーションの種があるだけでは、終わってしまう。それをいかに社会実装させていくか。事業化することは、サステナビリティにおいてとても重要なことだと考えています。

持続可能であるというのは、余っている時間などのリソースを地球にいいことに費やすのではなく、そもそもやっていること自体がいいことでないと、社会は変わっていかない。儲けようとするのはよくない、みたいな風潮があるかもしれませんが、今の時代、世界を救う主体のひとつは企業だと思うんです。SDGsの考え方で誰一人取り残さないというのがありますが、それと同様に、世界を救うのはみんなが主体でないといけないんです。
規模もない状態でいきなり世界が救えるとは思えなくて、必要なのは規模を持ちながら世界を救っていくということ。私たちが成長し大きくなっていくことが、結果として社会課題を減らしていく、そういう構造になっていないといけないと考えています。

だから、世界を救っていくのに企業という形態は合っていると考えていて、私たちが大きくなっていくことが社会課題を縮小していく。それが、私たちが考える《サステナビリティ ファースト》という言葉につながります。

何よりもサステナビリティ、循環型の持続可能な社会を作っていくことに注力できているかを、自分たちに常に問いかけながら進んでいくことが大事だと、今思っているところです」

━━━私たちもウェルビーイングの生活実装を掲げているのですが、ユーグレナを社会実装させようとするとき、何か障壁、妨げになっているようなものは感じられますか。

北見「ただバイオテクノロジーがあるだけでは、おそらく社会は変わらないんです。日本にも新しい技術がたくさんあるわけですけれど、それを日本で社会に浸透させていくのは、なかなかうまくいかない面があり結局、海外に流出していく。日本が先進だったはずなのに、社会や世界に浸透させていく社会実装がうまくいかなかった。

弊社はバイオテクノロジーの種を17年前からずっと育ててきて、それが社会で当たり前になっていくという次のステージが、まさに今のタイミングだと思っています。
なぜなら食料の問題、食料自給率や栄養の偏りの問題が、食料のない地域だけでなく、日本のようにいわゆる先進国で輸入ができる地域でも栄養に関する問題があるからです。栄養が偏るとストレスがたまりやすい体になり、そうすると体の不調が出てきて、いっそう食べられなくなるという負のスパイラルに陥ってしまいます。

栄養のバランスがしっかりしている、だから体にストレスなく生活できて、ご飯がおいしく食べられる。そんな好循環を生むために、私たちのユーグレナがおおいに役に立つと思います。
ユーグレナを当たり前に摂取できる環境を作っていかないといけない。そう考えて、いろいろ商品を出しているわけですが、その中で当社の食品を『からだにユーグレナ』シリーズにリブランディングしてきたという経緯があります。

このシリーズは、ユーグレナを毎日飲んでほしい、毎日飲めるドリンクはどうやったらできるだろうか、というところからスタートしました。
ユーグレナは藻の仲間、藻の仲間を体に入れるのは大丈夫なの? と一般には不安があるだろうから、まず安心安全というのは重要です。そこで、安全基準にこだわることはもちろん、海の未来を守る認証や、イスラム法に則った食品であることを示すハラール認証などを取得しました。

また、おいしい、パッケージがかわいいというのも非常に大切な要素です。見た目の好感度がないと、ユーグレナが社会で当たり前になっていくのに一歩足りないんです。
59種類もの栄養素があるんだからパッケージにお金をかけなくても大丈夫じゃない? と思うかもしれませんが、そういう考え方でうまくいかなかったことは多々あって、やはり、かわいく、おいしく、栄養たっぷり、という設計をしないといけない。味やスタイルのバリエーションもどんどん増やしてきました。

これらのことは、藻であるユーグレナを摂取する新習慣を当たり前にしていくのに必要な過程だととらえていて、いかに日常的に、当たり前に飲んでもらえるかを、私たちは常に考えています」

生産技術研究所

━━━食文化のイノベーションは難しいですね。ユーグレナは“ミドリムシ”という言葉がメディアで先行したのが、雰囲気を変えたのでは。

北見「話題性という意味では、最初に触れたのはよかったと思っています。ただそのときは、とにかく増やすということに重点を置いていて、味の改善はまだまだ途上。もし、『ミドリムシ』はおいしいんだとなっていれば、そのときにもっと浸透していただろうとは思います。でも、残念ながらそこまでではなかったから、一大ブームにこそなりましたが、やはり結果そこまでだったのかなと反省しています。

おいしくないと、続かない。今その反省を生かして、味の改変には非常に注力しています。《あとはおいしくするだけプロジェクト》を立ち上げ、東京・代々木上原にあるミシュラン1つ星店『sio』の鳥羽周作シェフにユーグレナのコーポレートシェフに就任していただきました。毎日飲んでおいしい、料理に取り入れられる、そんな商品をどうしたらできるのか、一緒に開発してきた経緯があります」

━━━体にいい、地球にやさしい、だけではなく、おいしさ。それにパッケージもとてもかわいくて。まさに次のステージに入ってきた印象ですね。

北見「そうですね。おいしくするのに加えて、今は飲むシーンにもっと寄り添うことが大事だと考えていて、昨年から《からだにユーグレナ・サウナプロジェクト》を推進しています。
銭湯に行ってフルーツ牛乳を飲むという体験があるかと思いますが、それと同じように、入浴後にユーグレナを飲むとおいしいよ、これは体にもいいことだよ、と。サウナや銭湯でユーグレナの販売を勧めたり、ただ販売するだけではおもしろくないので、銭湯という文化を私たちも一緒に盛り上げていきましょうという活動です。

私たちのドリンクの特徴は、1回飲んでいきなり健康になるわけではなく、栄養素なので毎日飲み続けてもらいたい。温浴も同じで、一回温まればいいのではなく、毎日続けることが大事。そんな継続性の面ですごく似ているなと思っていて。『銭湯に日々通う、』と同時に、『ユーグレナを摂取する』体験をセットにしていくことがポイントだと考えています。

おいしい、体にいい、飲むシーンが分かる。ここまで全部やらないと、新しいものを飲んで体に入れていくことへの抵抗感を超えられないだろうと思うんです。いろいろな銭湯で、お客さんたちをモデルに、“飲んでおいしい”の顏をたくさん撮影して写真を集める活動もしていますが、そのときは決して59種類の栄養素が…とは言いません」

━━━ウェルビーイングを考えるときに大事なのは、体の健康と心の健康、そして人とのつながりです。御社の理念や活動は、ウェルビーイングと親和性がとても高いように感じますが、ウェルビーイングに貢献するという面で、どういったことをお考えでしょう。

北見「社会実装していく、つまり栄養価が高いユーグレナをおいしく飲むシーンを定義していくことだと思っています。それと同時に、持続可能な循環型社会を目指すことを考えないといけないと思っています。

持続可能な循環型社会という話が世の中で盛んに言われているというのは、今の社会がそうなっていないから。SDGsをわざわざ言わなくてはいけないのは、このままいくとそうはならないからです。
将来どうなるか分からないからこそ、わざわざデザインも作られ、いろいろなものが準備され、みんなで走り出しましょうと言っているわけですが、循環型とか持続可能という日本語にすると、このままおとなしくしていればいいイメージがあるかもしれませんし、何かをやめたり、がまんしたり、あきらめたりしなくてはいけない話が多いかもしれません。

けれど、きっとそれだけでは足りない。私たちがバイオベンチャーという言葉を使っているのは、未来を変えなくてはいけない、今のままでいいわけではなく変わらないといけない、と思っているからです。持続可能にするには、新たな技術革新の種を社会実装していかないと、地球がなくなってしまうくらいの気持ちでやっています。

たとえば、この『CONC』という化粧品ブランドは、グループ企業のリアルテックファンドの出資先であるインテグリカルチャー社の新技術と、ユーグレナの技術を組み合わせてできた商品なんです。
私たちはユーグレナという社名ではありますが、創業のきっかけでお伝えした通り、サステナビリティを達成することが究極の目的なんです。栄養問題を解決し社会を救いたいという思いから成り立っているので、ユーグレナはあくまでもそのためのツールであり、私たちがやりたいのは、サステナビリティ・ファーストです。

創業から17年という時がたち、一定のできることが増えてきました。その中でやるべきは、社会を変えていく技術、デザインを社会実装していくという気概が必要です。ユーグレナに愛はありますが、ユーグレナでないとダメということではない。違う会社の技術でも、それが世界のためになると思えば社会実装を進めていくことが必要でしょう。

また、バイオ燃料もユーグレナだけにこだわってはいません。まずはバイオ燃料を一刻も早く供給できる体制を作っていくことが大切だと考え、今はユーグレナ以外の原料も組み合わせてバイオ燃料を作っています。
それは何かというと、使用済みの食用油。海外ではもう当たり前のようにバイオ燃料の原料に使っていますが、日本ではまだ発展途上です。輸入に頼っていた石油と違い、日本でも国産のバイオ燃料ができる可能性がある。そこを私たちは、早く供給するには何ができるのかと、SDGsの期限みたいなものを意識しながらやってきました。

ここからも分かるように、やはりユーグレナ・ファーストではなく、サステナビリティ・ファーストなんですよね。その中で何を社会実装させていくかを考えた結果、ドリンクなどの栄養面という意味ではユーグレナがすごく大事だし、バイオ燃料としても大事。でも、それ以外にも広く社会をよくするために、持続可能な社会を作っていくために、できることはすべて対応していくというのが、今の弊社の考え方です。

環境をよくするために何かをがまんしたりあきらめたりするのではなく、新しい技術が採用されることでこれまでの暮らしが維持され、ストレスのない社会になっていく。これまで通りの生活をしながら、環境もよくしていく。それが結果として、人々の暮らしやすさ、ウェルビーイングにつながっていくのではないでしょうか」

━━━SDGsを追求すればウェルビーイングが高まるという説がありますが、まさにそれですね。

北見「SDGsの17項目というのは、どれかから順番にではなく、並行してやっていかないと解決しないんですよ。誰かがヒーローではなく誰もがヒーローであり、誰もが救われる側でもあると思っています。

その中で私たちは、新しい社会の当たり前にチャレンジしていくわけですが、それは私たちだけがやるのではなく、ユーグレナを飲んでくれる人、試してくれる人がいてはじめて成り立ちます。ユーグレナという新しいドリンクを取り扱ってくれる店舗がなかったら、たとえば銭湯やサウナに置かれていなかったら、これが人の手に渡ることはないわけです。
インターネットで直販はしていますが、直営店があるわけではなく、スーパーや銭湯という場所で購入していただいている。初めての商品を最初は自分の店頭に並べるのは精神的なハードルがあるだろうけれど、それを乗り越えて置いてくれる。それはもう、一緒にやっていく大切な仲間です。

バイオ燃料も、大きなバスに初めての燃料を入れて、もし事故が起きたらどうしようと思うじゃないですか。バスだけじゃなく、飛行機や船も、それは不安だろうと思います。
でも、不安を感じながらもバイオ燃料を導入してくださる、それはやはりもうかけがえのない仲間ですよね。大型船は一隻で何億円もするのに、私たちのバイオ燃料を試してくれる企業パートナーがいるということは、すごいSDGsだと思っています。SDGsの達成に向けて、一緒に動けているなとすごく感じますね」

━━━今後についてはいかがでしょうか。

北見「今言った延長線上で、すべてよくしていく方向で動いていきます。
たとえばドリンクなら、今よりもおいしくなっていくだろうし、バリエーションも広がりますし、飲める場所も増えていきます。食品では7月にはふりかけタイプが登場する予定です。
今年のみどりの日(5月4日)には、都内16店舗の銭湯との共同企画を立ち上げ、皆さんに『からだにユーグレナ』を飲んでいただきました。ユーグレナって飲んでおいしいし、59種類の栄養素が摂れるし、石垣島で作っている新しい国産の素材というところがおもしろいよねと、皆さんが協力してくださって。東京都浴場組合で一度プレゼンしたら、すぐに決まりまして、みんなでぜひやろうと進んでいきました。

企業としては選択と集中はしないといけないですが、逆にSDGsは誰ひとり取り残さない、17項目を並行で進めていくものです。それの折衷でやっていくのが、私たちユーグレナ社だなと感じています」

━━━いろいろな可能性を秘めたユーグレナの将来が楽しみですね。59種類も栄養素を含むとなると、完璧な栄養と言えそうです。

北見「炭水化物とたんぱく質は別に摂っていただかないといけないですね。それ以外の栄養素はすごくバランスよく含まれています。
『明日の元気を前借りする』のではなく、体の底からベースアップする栄養です。だから毎日飲むことで、栄養バランスが整う。栄養バランスが整えば体が丈夫になり、抵抗力もついて、感染症にかかりにくかったりアレルギーが発症しにくかったりという期待がもてます。
私たちのユーグレナが生活の当たり前になっていくことで、ああ今日も元気だなという人が増えてくれればいいですね」

━━━あの小さなミドリムシから飛行機や船を動かせるようなバイオ燃料が作れるというのも、なかなかイメージしづらいのですが。

北見「ユーグレナの体内には良質な油分があって、それが燃料に向いているんですね。油分を抽出して原料を作り、それを燃料に精製していきます。

バイオジェット・ディーゼル燃料製造実装プラント
川崎鶴見臨港バス

燃料の製造実証プラントが横浜市にあるのですが、その近隣を走る川崎鶴見臨港バスが、私たちの燃料を入れてバスを走らせてくださっています。原料の使用済み食用油を回収してくれている近くの小学校の前を通って走っていくのは、やはりちょっと感動しますね。

西武バスも吉祥寺発着で2台走らせてくださっています。今はまだバイオ燃料の原料にユーグレナよりも廃食油が多く使われていますが、西武バスのご厚意で「ミドリムシで走る」と書かれたラッピングバスです。
今まででもう5回も飛行機を飛ばしていますし、仲間がどんどん増えていますね。

一方で、油分を抜いたあとのユーグレナも何かに利用できないかと研究中です。たとえば農業分野で何かできないかと研究が進んでいますし、プラスチックの原料への応用などの研究にもチャレンジしています。
もちろん、まだ社会実装できるレベルではない技術ではありますが、何も捨てない、そういうチャレンジは日々しています」

【インフォメーション】

ユーグレナ
食品や化粧品を扱うヘルスケア事業、バイオ燃料を製造開発するエネルギ-・環境事業、バングラデシュでのソーシャルビジネスなど、多彩な事業を展開。柔軟な発想とスピーディな行動力でサステナビリティに貢献する。
https://www.euglena.jp/