ウェルビーイングの鍵はスープにあった!

お話しをうかがった人/株式会社スープストックトーキョー 蓑毛萌奈美さん、中村友子さん
聞き手/ウェルビーイング勉強家:酒井博基、ウェルビーイング100 byオレンジページ編集長:前田洋子
撮影/原幹和
文/小林みどり


━━━スープストックトーキョーが掲げているビジョンや事業内容をお聞かせください。

蓑毛「スープストックトーキョーは、食べるスープの専門店として1999年に創業し、今年で22年目になります。
イートイン可能な外食店舗や百貨店などに出店している冷凍スープ専門店「家で食べるスープストックトーキョー」を含め全国に60店舗以上を展開しています。そしてオンラインの通信販売に加えて、地方の百貨店や高級スーパーなどへの卸しも全国各地、一部海外も含め140か所ほどあります。

『世の中の体温をあげる』というビジョンを大切にしていて、一杯のスープ、一皿の食事を通して、安心、安全でおいしい食事をゆっくり食べられる、自分の『居場所』として共感できる場所を作りたいという思いでスタートしたブランドです。

創業する際の企画書で代表の遠山が、『スープを売っているがスープではない』という表現をしていますが、とことん美味しいスープを作ってお届けすることは大前提としながら、私たちの価値観や大事にしていきたいことをお客様と共有するための、ひとつのメディア、コミュニケーションツールとしてスープをとらえ、商品開発をしています」

(株)スープストックトーキョー 蓑毛萌奈美さん

━━━コミュニケーションツールとしてのスープとは、非常におもしろい考え方だと思います。もう少し詳しく教えてください。

蓑毛「たとえば、2010年に国立新美術館で開催された『没後120年 ゴッホ展』とのコラボレーションで、ゴッホの絵画『タマネギの皿のある静物』をスープで表現するという企画をご一緒したことがあります。それをきっかけにアートからスープを作る試みを何度かしていて、ゴーギャンやモネ、オキーフのスープを作ったこともあります。
ちょっと変わったところでは、松任谷由実さんの『ユーミンスープ』というのも。ユーミンさんだったらこうかな、日本人女性だから和出汁がいいかな、と想像をふくらませて考案しました。

また、商品開発の担当者が旅先でインスピレーションを得てくることも多いですね。イタリアのマンマと日本のお母さんに共通点を感じてその食文化をスープで表現したり、沖縄の美しい海で泳いでいるときに、もずくがサーッと流れていく様子を見て『いぜな島産もずくとオクラのスープ』ができ上がったり。

そうやってできたスープを食べて、お客様が沖縄に行きたくなったり、アートに興味を持つきっかけになったりできたらうれしいです。

ファストフードの業態で、クイックに食べられることを価値としてお客様に提供していますが、日常の中の15分、20分のランチタイムにたまたま足を運んでいただき、そこでふっと一息ついたときに、仕事や日常からちょっと離れて旅やアートのことを考える時間も一緒にお届けできたらいいなと思っています」

━━━いろいろなところから着想を得たストーリーを、スープに乗せて生活者に届けるということでしょうか。まさにコミュニケーションの媒体、メディアになっているのですね。
商品開発の現場がとても楽しそうで気になるのですが、商品開発はどのように進めているのですか?

蓑毛「いろんなパターンがありますね」

中村「そうですね。最近では、猫も家族だよねって猫ちゃん用のスープを開発して通販でも販売しています。誰かにやってくれと言われたのではなく、社内で猫と暮らしている人、猫が好きな人たちが作りたいと言って始めたのがきっかけ。
通販のウェブ担当者も猫2匹と暮らしていて積極的に参加していました。どの仕事よりも楽しそうに見えました(笑)」

素材別に2種類。“真鯛 かぼちゃ”と“鶏肉 にんじん”。水分不足になりがちな猫にとっては時として水分補給食にもなる。

━━━決まったプロセスで開発されるわけではないのですね。

蓑毛「そうですね。もちろん定期的に決まっている企画もあって、たとえば『Curry Stock Tokyo』という夏恒例のフェアのために、半年前から商品部が動き出します。
でもたいていは、旅先から持ち帰った食材や調味料を使ってテストキッチンで何か作り始めて、その香りにみんなが集まり、どこそこで食べたアレが本当においしくてだとか、うちでやるなら日本の調味料のアレを加えてみたらどうか、とワイワイやり出すのが日常茶飯事。
ただ、それを実際に商品にするとなると、弊社は食材調達の基準が厳しいのもあり、全店で販売するための食材の仕入れを確保するのに時間がかかるなどして、店頭に並ぶまでに5~6年かかるケースもありますね。

一方でバイヤーも、ふだんからいろいろな生産者さんたちとやり取りしているので、新しい食材を見つけてきてはシェフに渡して、何かできないか試行錯誤しています。

そんなわけで、毎月の開発のノルマはなく、すごく楽しそうに商品を作り上げていっていますね」

さまざまなトライアルが行われるテストキッチンの書棚。

中村「開発担当者とバイヤーとプライベートで旅行に行ったことがあるのですが、ふたりは食べ物に対してすごく貪欲です。ドライブしていて道の駅があると全部立ち寄るんです。おばあちゃんが見たことのない野菜を売っていれば、『これはどうやって調理するの?』と聞いてその土地に伝わるレシピを教えてもらっていました。
台湾へ行ったときも、言葉は通じていないはずなのに店員さんに『これすごくおいしかった! どうやって作るの?』と満面の笑みで声をかけるみたいな(笑)。気に入られて、調理場を覗かせてもらいながら秘伝の情報を得たりして、もう私の旅のスタイルと全然違うんです。

食に対して興味がつきないし、いろんな人に食べてもらいたい、驚かせたい、同じワクワクを伝えたいといった、いろんなエネルギーを商品部からは感じています」

(株)スープストックトーキョー 中村友子さん

━━━ファストフードの商品開発のイメージとは違いますね(笑)

中村「例えば、1月7日の七草の節句にご提供する七草粥は1日限定の企画で、この日のためにずいぶん前から食材の手配やポップの用意などもしています。これだけ手間をかけるのにたった1日で終わっちゃうのはもったいないなと思うくらいです(笑)。
でも、そのくらい気持ちを込めているから、毎年お客様からとてもうれしいお言葉をいただいています。
ご提供する際にスタッフが「1年健康にお過ごしください」とひと声かけるのですが、それに対して「人生で初めて七草粥を食べた」「すごくおいしかった」と感想をうかがうと、その1日を企画したことにすごく意味があると思うし、商品部もそういうお客様のお気持ちを聞かせてもらうことが、次へのモチベーションになっているようです」

━━━ファストフードでも、食文化や温かい気持ちに触れられると。
それにしても、スープの専門店と聞いたときには驚きました。中華やアジア料理のお店では必ずスープをメニューに入れていますが、スープを日本で売るのは難しいと聞いています。

蓑毛「そうですね。代表の遠山も、もしスープ屋をやりたいという人がいたら絶対におすすめしないと言っていましたが、ビジネス戦略的に考えたら、スープ専門店は難しいですね。
保温してホールドしているうちに水分が蒸発して、商品そのものの味が変化してしまうので、2~3時間が限界です。そのために、極力ロスが出ないような調理計画や工夫も必要です。

でも、商品開発の者が言うには、“スープ”の専門店でよかったと。
スープは世界各国で親しまれていて、0歳から100歳まで食べられます。
それに、汁物であればスープと呼べる、カレーもまあスープなのかなというように、スープという料理のもつ寛容さみたいなものが、これだけのクリエイティビティあふれる商品開発につながっているのだと思います」

━━━なるほど。元気なときも、体調を崩して何も食べたくないという日も、どういう状況でも幅広い方に受け入れられるのが、スープなんですね。
そんな中で、スープストックトーキョーでは、通販の定期便を扱ってらっしゃると伺いました。

中村「定期便は、お客様からお声をいただいたことがきっかけで始めました。
たとえば、離れて暮らす親御さんに、料理をする気力が起きない時にも気軽に食べられるようにとスープを毎月送っているけれど、たまに忘れてしまうので定期便を作ってほしいとか、離れて暮らす娘さんの子育てを手伝えないかわりに、スープが冷凍庫にあれば少しは助けになるだろうから毎月送りたいとか。
そんなお声から、ぜひ!という形でできたのが定期便です。

毎月季節を感じるメニューを詰め合わせ、スープや食材の背景を書いたカードを入れています。おかげさまで、毎月楽しみにしている、スープとカードを楽しみに待っているというお声を伺っています」

━━━生活者とスープストックトーキョーとが心を通わせているような、そんな関係性を感じます。

蓑毛「中村は通販担当で、お客様とはメールでのやり取りが主。お客様からすればポチッと購入するだけの利便性のいいシステムの中の、顔の見えない一担当者であるわけですが、なんとお客様から中村宛に、クリスマスプレゼントが贈られてきたりするんですよ」

━━━それは驚きますね。プレゼントが届くとは、もはやギフトの交換ですよね。

蓑毛「まさにそうですね。お客様はスープを買いたくて注文しているのに、そのやり取りに感動してプレゼントが届くなんて。通販でもできるんだと驚きました」

中村「もともと店舗の店長をしていて、ちょうど通販事業が立ち上がった頃に異動になりました。
最初は来たメールにそのまま返すだけで精一杯で、なんだか自分が自動販売機になったような気がしていました。ピッとやったら私が商品を出す、みたいな。
自分はこの仕事に向いているのだろうかと迷った時期もあったのですが、余裕ができて返すメールにひと言添えるようになると、お客様がスープを注文した背景を教えてくださることが増えてきて。
そこで、お客様おひとりおひとりにスープを選んでくださる理由、ストーリーがあるのだなと気づき始めて、ただ注文をさばくのではなく、おひとりおひとりに向き合いたいと思うようになりました」

━━━それは消費行動というgive & takeの世界だと絶対に起こらないことで、顧客が自分が購入した以上のものを中村さんから受け取ったから、心を寄せ合うような関係性に変わっていったのでしょうね。
ウェルビーイングを考えたときも、自分が心地よく生きていくためには体調面だけでなく、人とつながることによる精神面の充足感がとても大事だよねと、編集部でもいつも話しています。
それを、スープのオンライン通販で始めているということに驚きました。

蓑毛「こうしたお客様との交流は、弊社のいろいろな場面で起こっています。
たとえば、とある店舗では、週に1回、病院の帰りに立ち寄ってスタッフとおしゃべりをすることを楽しみにしてくださっているおじいちゃんがいらっしゃったり、スタッフが少しの間お休みすることをお伝えするとわざわざお手紙をお持ちくださったり。“常連さん”を超えた関係性をスタッフとの間に築いているんですよね。
そういったエピソードが日常茶飯事なんです。

ファストフード店なのでお客様とコミュニケーションをとれる時間はほんの1分程度しかないのですが、ある店舗で「今日もよい一日をお過ごしください」と声をかけていると知った他店舗のスタッフが、「今日もよい一日を!」と言うようになるなど、日ごろからそれぞれの店舗であったお客様との心温まるエピソードなどを共有し、それらが伝播しながら弊社のカルチャーになっていっている気がします。

そういう雰囲気を心地よく感じて足を運んでくださっているお客様がいるのだとすると、スープはもはやコミュニケーションのツールでしかなく、スープが目的ではなくおしゃべりをするためにスープを買ってくださっている方もきっといらっしゃるだろうなと感じています」

━━━想像以上にすごいことが起きているんですね。

蓑毛「スープはさまざまな人に寄り添える料理だと思っています。家族で食卓を囲むとき、スープをみんなで食べようと思っても自分だけ食べられるものがないとなると、それは私たちが描きたいシーンではありません。
0歳から100歳まで、グルテンフリーやベジタリアンメニューなども含め、おひとりおひとりの食の制約や小さな壁を取り除いていきたいと思っています。
これまで外食店舗としては約300くらいのメニューを作ってきていますが、いろんな方にとっての選択肢があるというのは、広く言えば個人のウェルビーイングに寄り添うことができるのではとも思います。まだまだやり切れていないこともあるので、引き続きSoup for allという価値観を大事に、取り組んでいきたいと思います。

この夏、本と出会うための本屋『文喫』×Curry Stock Tokyoのコラボ企画を実施しました。あるテーマに基づいて『文喫』のブックディレクターが数冊の本を選び、それに合わせて弊社のスタッフがカレーを選んで福袋のようにセットする企画で、10テーマほどご用意(例えば、『知らない国の知らない街に飛んで行く本とカレー』や『遊び心を忘れない本とカレー』など)。
同じカレーでもテーマによって選んだ理由は異なるので、すいぶんと見え方が変わるんだと、新しい発見がありました。
うちの担当者はテーマごとに選書された本をすべて読んだうえでカレーをセレクトし、その理由をコメントしているのですが、なぜこのカレーを選んだのかを知ったら、まずその本を読みたくなったんです。なになに、この本を読んでからでないとカレーの味わい方が変わるな、と。
私たちの作るスープやカレーはそういう楽しみ方ができるのだと私自身も発見でした。
ただおいしい食材を集めておいしい料理をつくりました、ではなくて、そこにいろいろな人の解釈や視点をもって開発し、その届け方にも様々な視点があっていいし、さらに食べる側がそれを自由に解釈して食べていいんですよね。そういうことをお客様と共有できれば、一杯のスープの楽しみ方、一皿のカレーの楽しみ方が一気に広がると気づきました。本好きの方が気になるテーマを手に取ったら、思いがけないカレーと出会ったり、その逆も然りで、カレーを入口にして自分では手に取らないような本との出会いに繋がったり、そんなシーンを実現できたらうれしいなと。

━━━スープストックトーキョーの作るスープと本は、構造的に似ていて相性がよさそうですね。どちらも静かに寄り添って語り掛けてくれる存在で、脇役にも主役にもなれます。

中村「寄り添うといえば、4年前から手がけている出産祝いの通販の企画も好評です。当初は1日数件程度の受注でしたが、今では看板商品に成長しています。

もともとは、私が友人への出産祝いに困り、冷凍スープを詰め合わせて贈ろうと思いついたのがきっかけ。弊社のお母さんお父さん社員にアンケートをとってスープを選んだのですが、そのとき、料理上手な先輩が、産後は三食台所に立って素うどんを食べていたというエピソードを教えてくれ、あの食に貪欲な人でもそこまで自分のことは後回しになってしまうのかと、すごく衝撃を受けました。

それで、産後のお母さんお父さんのためにスープを食べる時間をプレゼントしたいと考えて生まれたのが、出産祝いの企画です。特に広告は打っていないのですが、自分がもらってうれしかったから友人へと口コミで広がっていて、とてもありがたいです」

数字は“赤ちゃんの月齢”を表します。
成長する赤ちゃんとこのカードを一緒に撮影することで貴重な記録にもなるし、子育ての励みにもなります。

━━━いろんなストーリーやメッセージ性のあるスープだからこそ、感謝の気持ちであったり励ましであったり、いろいろな感情表現にも寄り添ってもらえるのですね。ときには自分へのギフトにして自分も元気にしてあげると。とてもいいお話しをうかがえました。

前田「弊社(オレンジページ)のようにレシピを世の中に出している会社だと、スープで人を幸せにするとなると“調理する”というステップが必ず入ってしまうのですが、あるものに甘えていいんだ、スープストックトーキョーのスープに頼っていいんだと、気づきました。スープというのは、だれがどう作っても、それを口にすればホッとできるものですよね。

ひとつ不思議なのが、店舗での接客がマニュアルとは違うところにありそうですし、スープに対する発想力もすごい。会社として、そういうふうにしなさいと言われているものなのですか?」

中村「言われた覚えはないですね(笑)」

━━━中村さんがおっしゃった、“自分が自動販売機みたい”という心境からメールにひと言添え始めたあたりに、スープストックトーキョーらしさがあるように感じたのですが、その“らしさ”はどこから来ているのでしょう。

中村「創業者の遠山がよく“行動をすると神様がおまけをつけてくれる”と言っています。やること自体に価値がある、という意味なので、例えば自分が自販機みたいと思っても、“行動するとおまけがつく”という言葉が思い浮かんで、何か行動してしまいますね(笑)」

蓑毛「スマイルズらしさ、スープストックトーキョーらしさとは何かと、よく聞かれます。
「世の中の体温をあげる」を理念として掲げていますが、“世の中さん”という人がいるわけではなく、目の前にいる人、それはお客様であったり、仲間であったり、取引先の方であったり、私たちが日々携わる方々の気持ちがちょっとでも前向きになるとか、気持ちに寄り添うことで心が温まるような、そういうことの積み重ねを私たちはしたいと考えています。

また、スタッフの体温が上がっていなければお客様の体温を上げることはできないので、スタッフみんなのモチベーションを上げたり、みんなが生き生きと働ける環境を整えたりすることも意識していますね。

私は遠山が造った“公私同根”という言葉が好きで、仕事もプライベートも根っこは同じという意味なのですが、例えば旅が好きな自分も休日にダラダラしちゃう自分も、すべてまるっと自分であって、そのすべてを仕事にも活かせたらと思いますし、仕事で得た経験も間違いなくプライベートに活きてくると思っています。
例えば、ものすごくパンが好きなスタッフがいたり、アートや音楽に詳しいスタッフ、洋服が好きなスタッフがいたりしますが、何かイベントや企画を考えるときに『このテーマなら〇〇さんが詳しいから聞いてみよう』となることはよくあります。そうやって一人ひとりの好きなことや興味そのものが仕事につながり、仕事の幅を広げることにつながったりもします。そのような経験をみんなができれば、仕事がもっと楽しくなるし、どんどんやりたいことが湧いてくると思うのです。

社長は一人ひとりがどんどんいろんなことを企画しようと言いますが、それは売り上げを上げることが第一目的なのではなくて描きたいシーンを実現するためだから、企画には絶対に描きたいシーンがセットでなくてはダメだと。
だから、店舗でこんなシーンがあってうれしかった、こんなシーンを描きたい、冷凍スープを使って自宅でこんなシーンが生まれたらおもしろいんじゃないか、というように、シーンという言葉は社内でよく聞きます。」

━━━なるほど。店舗はもちろん通販でも、受け取った側のシーンを思い浮かべられたから、お客様とのギフトの交換につながったのですね。素敵なお話しをありがとうございました。

【インフォメーション】

Soup Stock Tokyo
株式会社スープストックトーキョーが展開する食べるスープの専門店。東京を中心に全国60店舗以上を展開。また、全国各地の百貨店や高級スーパー等に冷凍スープやカレーを卸したり、オンラインショップでの販売、定期便(サブスクリプション)も好評。
https://www.soup-stock-tokyo.com/