ニューノーマルの「地元」暮らし

感染拡大と収束を繰り返すコロナの脅威、日常の問題となった気候変動に伴い、企業と個人の行動の変容を余儀なくされる環境問題、デジタル化が進む中で拡大する経済格差、非接触が求められる中、変化する人間関係……。今、なぜ「ウェルビーイング」なのか。
コロナ以前から四半世紀以上にわたり大規模な生活者定点調査を実施してきた第一生命経済研究所の膨大なデータと分析は、私たちの「越し方、今、行く末」のとらえ方のヒントになり、行動の指針となるはずです。

文/稲垣 円(いながき みつ)
第一生命経済研究所ライフデザイン研究部 主任研究員
専門分野は、コミュニティ・住民自治・住民組織など
イラスト/ながおひろすけ


身近な地域への注目

気軽に人と会うことが叶わなかったコロナ禍を経て、ごく身近な生活圏内で過ごすことが日常化しました。住まいは単なる寝食の場としてだけでなく、働く場や学ぶ場、趣味や娯楽を楽しむ場としての機能も加わり、いかに住まいを心地よい空間にするかを考えはじめた人もいるのではないでしょうか。また、移動距離が少なくなり、自宅周辺で日用品を調達したり、近所を散歩したり、また近場で楽しめるモノ・コトを探したり・・・など、これまで見過ごしてきた地域の魅力を再発見する機会が増えている方もいるかもしれません。

最近では、「ステイケーション」や「マイクロツーリズム」という言葉も聞かれるようになりました。これらは、自宅やごく近い範囲で休暇を過ごすことや、近所での旅行を指しています。これまでは、自宅から遠く離れた場所に行くことで心身をリフレッシュしたり、特別感を味わったりしていましたが、こうした「保養」についても、居住する地域を起点とした、コンパクトな範囲で過ごす方法が提案されるようになっています。

生活者の価値観の変化

では、居住する地域に対する人びとの意識はどのように変わったのでしょうか。
図1は、感染拡大後、生活がどう変化したのかを示したものです。感染拡大以前の状態から半数以上が「変化した」と回答したのは、「遠方へ外出するよりも、近場で過ごすようになった」と「自宅近くの店舗で生活日用品や食料を買うようになった」でした。続いて多かったのが「自宅近くの飲食店を利用するようになった」でした。調査当時(2021年1月)は、感染拡大の第3波の最中だったことから、多くは遠方への移動を控え、近場で日常の用を足すようになったことがわかります。しかし、「自分の住む地域の街並みや歴史などについて 関心をもつようになった」「自分の住む地域の中心市街地や商店街等の様子について 関心をもつようになった」というような、居住する地域そのものへの関心はあまり高くありませんでした。

実態がわかったところで、今後の意向についてはどうでしょうか。
図2は、図1の項目について今後の意向をたずねた結果です(上段:実態、下段:今後の意向)。実態と今後の意向を比べると、ほとんどの項目において、今後の意向が実態を上回っていました。その中で唯一、人びとの願望を表すかのように「遠方へ外出するよりも、近場で過ごすこと」については、実態よりも今後の意向が若干低い傾向を示しました。しかし、実態としては関心が低かった「自分の住む地域の街並みや歴史などについて 関心をもつ」「自分の住む地域の中心市街地や商店街等の様子について 関心をもつ」といった、身近な地域の理解については、今後は関心を持つことに前向きな傾向を示しています。

また、テレワーク やリモートワークをはじめとした、柔軟で新しい働き方が急速に広がったことから、地方移住に興味を持ったり、実際に移住したいと思ったりする人が増えるのではないかとも期待されていました。しかし、実際のところは、図1,2の通り大半の人にとって、居住地以外の地域へ引っ越す(移住)モチベーションを高めることにはなりませんでした。
もう少し詳しくみていきましょう。

暮らしの起点は「地元」

図3は、現在居住する地域から別の地域へ引っ越し(移住)することへの関心をたずねた結果です(2021年9月実施)。感染拡大に関わらず、引っ越し(移住)に関心を持つようになったという回答は、全体の約2割でした(図3①~④の合計)。なかでも、「①感染拡大をきっかけに関心を持つようになった」と回答した人は1割もいません。さらに、図は省略しますが、この引っ越し(移住)に関心を持つようになった層で、行き先・時期の両方/いずれかが具体的に決まっているのは約3割程度でした。

では、引っ越し(移住)には関心がない人は、なぜ関心がないのでしょうか。
その理由をたずねると(図4)、他の項目と大きく差をつけて最も高い割合を示したのは「現在の生活環境(買い物、交通、教育、医療機関等)に満足している」でした。当然とも言えますが、現在の生活に満足しているならば引っ越し(移住)することなど考えません。また、2番目に高い割合を示した「経済的な余裕がないため」のように、住まいを変えることは、経済面はもちろん、時間的にも作業的にもさまざまな負担がかかります。コロナ禍だからと言って、こうした決断を容易にできるわけではないということでしょう。加えて、3番目に高い割合を示した「引っ越し(移住)したからといって、感染リスクは減らないと思うため」からは、With コロナの生活を冷静に判断しているようにもうかがえます。 つまり、大半の人にとっては、住まいを移すことよりも、現在居住する地域で暮らすことが今のところ前提となっていることがわかります。そして、この”現在居住する地域“への自分のかかわり方も少し変えてみることが必要かもしれません。

筆者は、この居住する地域を、あえて「地元」という言葉を使ってみるのはどうかと考えています。「地元」という言葉は、一般的に生まれ育った地域を指す言葉として使われます。ですが、将来的に他の地域へ引っ越すつもりでも、そこを「仮の住まい」とするのでなく、足元の暮らしに楽しみや面白さを見出して自らの「地元」にしていく感覚が、Withコロナ時代の暮らしに役立つのではないかと思うのです。

「地元」感覚を育てる

コロナ禍で多様な暮らし方が可能になりました。外出せずともインターネットで新たな人とつながり、コミュニケーションの幅は無限に広がります。ですが、図1や2で見たように地域への関心が高まっている今だからこそ、自らアクセスする対象として「地元」を意識してはどうか、という提案です。

地域は本来、人びとが集まって暮らし、集団の力で日常生活のさまざまな問題解決に取り組み、生活環境を整えていく場所でした。とはいえ、この時代に自分が「地域社会の一員」であるという実感を持っていたり、近隣住民と共同で問題解決したりする場面に遭遇する人は、読者のみなさんを含めそう多くないでしょう。今もなお、度々外出が制限されているコロナ禍ならなおさらです。何も、隣近所と濃密なつながりをつくりましょう、遠くに行けない代わりに、身近で慎ましく暮らしましょう・・というわけではありません。短い期間でも自分が暮らすと決めた地域なら、その土地のことを知り、住民として「地元」に楽しみや面白みを見出していくことは、自分自身の力でwell-beingな状況をつくる一歩になるのではないでしょうか。そして、こうした「地元」感覚を持つ人が増えれば、人が回遊する地域になり、地元の中で経済が回っていきます。つまり、地域の持続性を高めることにもつながるのです。

新型コロナウイルスのように、何かが突然起こる可能性はこれからも常にあります。そうした中で、安さや楽しさだけを求めて視野が外に向き続けていると、気づいた時にはお店がなくなり、施設(建物や公園なども含め)も老朽化し、「地元には何もない」ということになります。思うように移動や活動ができない時代に、単に「あるモノ」としての地域から、自ら「働きかけるもの」へと地域を捉え直していく行動が、自らのwell-beingを高めると共に、持続的な「地元」をつくる鍵になっていくと思います。