“人を喜ばせること”は、生きるうえでどのくらい大切なのでしょうか?(ゲスト:放送作家・脚本家/小山薫堂さん)

これまでになかった視点や気づきを学ぶ『ウェルビーイング100大学 公開インタビュー』。第6回は、放送作家・脚本家の小山薫堂さんです。くまモンをはじめ、数々の企画の仕掛け人として知られる小山さん。さまざまなエピソードの中に「企画で人を幸せにしたい」というブレない意志が伝わってくる濃い時間でした。

聞き手/ウェルビーイング勉強家:酒井博基、ウェルビーイング100 byオレンジページ編集長:前田洋子
撮影/原 幹和
文/中川和子


「してもらった」より「してあげた」ほうが記憶に残る

酒井:薫堂さんは企画と発想の原点に「人を喜ばせるにはどうしたらよいか?」「誰を幸せにするのか?」ということを常に大切にされているという印象があるんですけれど、昔から人を喜ばせることが得意だったんですか?

小山:得意というか、好きだったんですよね。たぶん、すべての人がそうだと思うんですけれど、お父さん、お母さんの誕生日に何かを贈るとか、父の日、母の日に何かをするとか、それって別にやれと言われないけれど、やるじゃないですか。僕はいつも企画の原点はバースデープレゼントなんだって言ってるんですけれど。あれはやっぱり、自分が褒められたいからやるとかじゃなくて、喜ばせたいからやるわけですよね。そういう点で僕は、小学生の頃から、誕生日好きだったんですよ。僕の場合は、両親に何かプレゼントするのも好きだったんですけれど、自分の誕生日を祝うのも好きだったんです。自分の誕生会を自分で企画していました。

酒井:へえー、自分の誕生日を。

小山:たとえば、今日はどんな流れにするかとか、自分で構成を立てて。最初はそれぞれのお祝いのコメントがあって。それでジュースはバヤリースオレンジにして、ごはんは近所にオオフジというトンカツ屋さんがあったんですけれど、そこのカツカレーがすごく美味しかったので、じゃあオオフジのカツカレーを取ってとか。いちばんのクライマックスはプレゼントの贈呈式で(笑)。それはもしかしたら人を喜ばせるんじゃなくて、自分が喜ぶためにやってたのかもしれないですけど。

酒井:そうなんですね。今日、もうちょっとあとで聞こうと思ってたんですけれど、人を喜ばせることと、自分を喜ばせることの違いは。

小山:こどもの頃は、やっぱりどこか打算があったのかなと思いますね。ただ、両親に対しては、ほんとにピュアな想いですよね。大人になってから、いろんなものを手に入れたり、いろいろなものを自分で手に入れることもできるし、入ってくる。でも、与えることのほうが、自分の中の喜びは持続するんだなあっていうのを実感するようになりましたね。

酒井:喜んでもらっている姿とか見るのが

小山:見るのがいいですね。たとえば、タクシーの運転手さんにチップを払わないにしても、降りるときに「いやー、運転手さんの運転、うまかった」って言って降りると、すごく喜んでくれるじゃないですか。

新橋に『峠そば』っていう立ち食い蕎麦屋がありまして、ここがなかなか美味しいんですよ。立ち食いそばなのに、ものすごくていねいに作ってて、だしなんかもほんとの鰹節でとったりして、麺をゆでたあとに一回ちゃんと冷たい水でしめて、それでもう一回、湯を通してスープを注ぐとか。そこに今日のお昼、行ったんですけど、入ろうとしたらもう終わってたんですね。「終わりです」って言われて「うわあ、終わりなんだ」って言ったら「簡単なものでいいんだったら、いいですよ」って言うから、入って食べて、帰るときにほんとうに美味しかったんで「いや、今日もまた唸りました。美味しくて」って言ったら、すごく無口な店のおにいちゃんが、照れくさそうにニコって喜んだんですよ。そういうのが嬉しいじゃないですか。こっちが嬉しくなるし。

前田:ほんとに嬉しくなりますね。

小山:だから与える喜び、与えるって言ったら上から目線になりますけど、ほんとに自分がしてもらったよりも、してあげたほうがいいなって、改めて思ったことが実はあって。それは今から3年ぐらい前ですかね。青森の弘前におじいちゃんがひとりでやってる『ためのぶ』っていうワインバーがあるんですよ。うちのスタッフが以前、弘前で仕事をしていたので、「すごくいい店がありますから」って連れていってくれたんです。
で、行ったら、ほんとにおじいさんがひとりでやっていて、しかも常連のお客さんと二人で、飲みながらテレビで映画を見てたんですよ。「まだいいですか?」って言ったら「何しに来たの?」って言われて、「何しに来たって、あの、ここイタリアン・レストランですよね?」って聞いたら「そうだよ」って。「おにいさん、何か食べたいの?」と聞かれて「いや、もうお腹はそんなにすいてないんで、ワインでいいんです」「ワイン飲むのか? まあいいよ、入って」とか言って。それで「何飲むの?」って。「え、じゃあ、ここにあるニュイサンジョルジュ、これお願いします」「あんた、これ飲むの?」「ニュイサンジョルジュ、高いんだよ。知ってんの?」とか言われて「だって8,000円って書いてありますよね」「1本、8,000円もするんだよ。あんた飲めんのか、8,000円のワインが?」「はい、あの、飲ませていただきます」って。「いやー、今日はいいお客さんが来たな」とか言ってワインを開けてくれて、飲んでいて。で、他のお客さんが帰ったんですよね。お客さんが帰ったんで、今度はこっち側におとうさんの興味が向くわけですよ。いろいろと話してて、すごくいい人で「昔はワインはねえ、ほんとに安かったけども、全部高くなったんだ」と。飲んでるうちにお腹がすいてきたんで、「何か食べてもいいですか?」って聞いたら「あんた、食べんのか?」と。

前田:いちいち驚かれる(笑)。

小山:「オレ今、酔っ払ってんだぜ。酔っ払ってるときにオレ作ると、より美味しくなるらしいんだ」とか言うから「じゃあ、作ってくださいよ」「ナポリタンお願いします」って。「オレが酔っ払ってるときのナポリタン、うまいんだぜ」とか言って作ってくれたんですよ。作りながら「おとうさん、どこで修行したんですか?」「オレ、東京にいたんだよ」「東京にいたんですか。どこか有名なところですか?」って聞いたら「たぶん、おにいさん知らないと思うけど、いっぱい芸能人が来る一流の店があるんだ。キャンティってとこがあんだけど」「えー、キャンティにいたんですか?」「おにいさん、キャンティ知ってんの? あそこは有名なんだよ」って。「じゃあ、キャンティ仕込みのナポリタンですね」って。作ってくれて、ほんとに美味しかったです、それが。でも安いんですよ。どれも安い。ナポリタンも700円とか。それで「おとうさん、こんな商売してても、儲かんないでしょ?」って言ったら、「いやあ、儲かんないよ、そりゃ。でも、ちょっとずつは金、貯めてんだよ、オレ」って。「なんでお金、貯めてるんですか?」って聞いたら「孫にあげるんだよ。孫にあげると孫は喜ぶんだよ。孫、喜ぶんだけどさ、すぐ忘れるんだよ、それを。でもね、オレはずーっと憶えてるんだ」って。

※キャンティ:飯倉片町に1960年にオープンしたイタリアン・レストラン。多くの芸能人、文化人が集まる場所として、伝説となっている。

前田:なるほど。

小山:「もらった側っていうのはそのときは喜ぶけど、消えるんだ。でも、あげた側っていうのはずーっと嬉しいんだ」っていうのを聞いて「これだ!」と。やっぱりほどこす側の喜びっていうのは長続きするんだなって、そのとき改めて思いましたね。

酒井:確かに、もらった側は忘れるかも。ほどこす側は確かにずっと憶えている。

前田:確かに。あのときおごってやったのにとか(笑)。

小山:そう、それが気持ちよく憶えている場合と、ちょっと「何か取り戻さなきゃ」って思いながら憶えていることもありますけどね。

酒井:薫堂さん、企画というお仕事を通じて、人を喜ばせたりすることをとても大事にされていると思うんですが、さっきのそば屋さんの話もそうですけど、それって日常生活と地続きにあるんですね。

小山:そうですね。それはもうほんとに、体質みたいなもんですかね。

酒井:大きいプロジェクトだからというのは関係なく、そこがいちばん大切な気持ちとしてブレないところ。

小山:ブレないというより、そういう性格だっていうだけなんですけど。

酒井:企画というのは、どんな要素をとっかかりに企画になるんですか?

小山:とっかかりはですね、ほんとにいろんなパターンがありまして。たとえば、パッとひらめいたこともありますし、困っている人から相談をされて、それを解決しようと思うこともありますし、あるいは、何か見て偶然にそれがひらめくっていうこともありますし、ほんとうにいろいろですね。でも、経験からっていうのはすごく多いですかね。

世界平和のためにできることは?

小山:最近僕、いちばん考えているのが「世界平和ってどうすればいいだろう」っていう企画。大きな災害であるとか、そういう悲惨なことが起こるたびに、自分の無力さに愕然とすることがあるんですよね。3.11のときもそうでしたし、熊本地震のときもそうですけど、こんなに企画で人を幸せにするんだと言っている割には、何もできないじゃないかっていうんで「何かないかなあ」っていつも考えていて。全然、違う話をしていいですか?

前田:はい、どうぞ。

小山:この前、ラジオでお坊さんがゲストだったときに「平和ってどうやったらいいんですかね? 平和にするために、あるいはロシアが侵攻をやめるためには、何かわれわれにできることはあるんですかね?」って聞いたら、「祈るしかないんです」って言われたんですよ。祈るって、じゃあ何にもしないってことなんですかね? 相手にとっては、いくら祈っても相手は関係ないじゃないですか。で、そう言ったあとに「何にもしないってことで、無責任だなあ」と一瞬思いつつも、でも、人々の祈りが可視化されれば、それがロシアの人に届くのか、人々に届くことによって人々が動き出して、それでプーチンが何か焦りを感じるとかね。それによって変えるみたいな。何か可視化する方法ってないのかなってずっと思ってたんですけど、みんなで「戦争反対!」って言ったら、空に言葉が浮かび上がるような、あるいは建物に、クレムリンに人々の言葉が浮かぶ。なんかそういうのがないかなとか。
下鴨茶寮でウクライナの伝統料理のボルシチを出して、ロシア料理とわれわれが認識しているものが、実はウクライナ発祥だったっていうのは何かこう、本来は同じような友好的な感じ、まあ、友好な歴史はなかったかもしれないけど、でも、外から見たらウクライナのものがロシアの伝統として世界に知られているっていうことを、みんなで感じるだけでもいいのかなとか。で、その売り上げを何らかのかたちで寄付をするとか。
ただ、祈るっていうのがいいなあと思ったのが、第三者が余計な情けによって、中途半端に介入しないことも大切かなって気もしたんですよね。制裁っていう言い方をするじゃないですか。制裁をすることによって、抑制につながることもあるかもしれないけど、怒りに油を注いでるみたいなところもあるじゃないですか。ああいう制裁じゃない、逆のことをやったら、人の心ってどうなるのかな、とか。

※下鴨茶寮:安政3年(1856年)より続く懐石料理の老舗。京都・下鴨神社のそばにあり、現在は小山薫堂が経営を託され、社長を務めている。

酒井:ああ、逆の発想ですね。

小山:ピロシキとボルシチのセット料理をロシアの人には半額で食べさせます、みたいな店がもしあったとしたら、ロシア人はきっと感動する。まあ、日本にいるロシア人はみんなほんとうのことがわかっているから。それをロシア本国の人たちに「メディア統制されてるんですよ。ほら、こんなふうにこっちの国ではやってるんですよ」みたいなのが届いたりしないかなとか、いろいろ考えるんですけど。でもね、やっぱりどうしようもできないんですよね。

酒井:でも、薫堂さんの中にあるのは、負の連鎖じゃなくて、嬉しいとか、喜びとか「人を喜ばせる」もそうですけど、そういう連鎖をつくろうという気持ちで。

小山:そうですね。ただ、全部は思い通りにいかないじゃないですか。いいことばっかり、きれいごとばっかり言っててもダメで。そういうときにお手本は自然の世界だなと思うんですね。自然って、昔、日本人の自然観は、人間は自然の中の一部、自然の中に人間という存在があったり、動物がいたり、虫がいたり。で、自然って言葉を調べたんです。

酒井:言葉を?

小山:自然という言葉が誕生したのが、意外と最近なんですよね。明治に入ってからなんです。江戸の頃には、江戸の人は「いやあ、江戸は大変だけど、ここは自然があっていいなあ」なんて言わないわけですよね。

前田:言わない、言わない。

小山:だから言葉が必要なかったんですけど、江戸時代が終わって、海外から英語が入ってきたときに、それを翻訳する。Nature(ネイチャー)って言葉をどうするかというので「自然」というものを当てたらしいんですね。で、西洋的な考え方は、人がいて自然がある。

前田:別物ですよね。

小山:自然と人は相対する。日本はどちらかというと、人はインクルード(含む)ですね。それで、昭和の辞書は、自然とは何かというところの解説が「人及び山川草木であり」とか書いてある。これが平成の辞書になると「人対自然」という意味が書いてある。で「場合によっては人も含む」っていうふうには書いてあるらしいんですけど。でも明らかに変わってきていて、そう考えたときに、自然界ってほんとうに矛盾していたりとか、いい子にしているからいいわけじゃなくて、大変なこともあれば、穏やかなることもあるっていう。人間も、それをお手本にすべきなのかなあとつくづく思うんですよね。

だから戦争は、これは人が生きている以上は、どんなにきれいごとを言っても、そういう考え方の人もいるし、攻める側の人の理屈に、何かきっと正義があるんですね。だから、そう思って攻めている人が悪だから、それをたたくとか、戦いに行くっていうことによって、また関係ない人も命を失ったりとか。かといって、何もしないっていうのも変だし、それはいろんな動物が生きるか死ぬかで、食ったり食われたりすることとあんまり変わりなくて。それはもう、ほんとに無責任かもしれないけど、祈るという行為が、肉体的には関わらないけど精神的には心を寄せるっていう、それはもしかしたら賢いやり方なのかな、という気もしました。そこに肉体的、物質的に関わり始めると、その火の粉がだんだん広がってきて。そういうこともあるのかなあってちょっと思いました。

酒井:確かにそうですね。

「自分教」、っていいんじゃないかな

小山:今日、僕、ひとつ、本の企画がひらめいて。朝、ジムに行って、そのお風呂に入りながら、結局、神様にすがるんじゃなくて、そのすがるものが自分の中にあるのがいいなと思ったんですよ。それを「自分教」っていう。自分の中に、ひとりひとりの中に、神様がいる。それを自分教と呼んで、誰かが言ったことに頼るんじゃなくて、自分の声に、もうひとりの自分がいると思って。ここに対峙しながら「これはやっちゃいけない」「これはやってもいい」「これはもう、オレはそういう欲があるんだからしょうがないんだ」と、そこを自分も認めてね。常に清廉ではなくても、人ってやっぱりそういうものじゃないような気がするんですよね。その自分教の軸足みたいなものをみんな、より良き方向に鍛え、うん、鍛えるっていうのは変ですけど。そういう時代が今はいいのかなあって思って、「自分教」って本のタイトルを、前書きはどうやって書き出そうかなとか(笑)。

酒井:自分教という考え方、すごく大事だなあと思います。このメディア「ウェルビーイング100」って、人生100年時代のウェルビーイングについて考えようっていうことなんですが。

小山:あ、100は100年時代ってことなんですね。

酒井:そうです。オレンジページで「人生100年時代についてどう思っているか」という調査をしたところ、65%くらいの人が「そんなに長生きしたくない」とか、あんまり前向きに考えられないっていう回答がありました。じゃあ、そういう反応が出たときに、僕らもどういう心の拠り所としてのメディアを作れるんだろうか、みたいなところでスタートしたんですけれど。身近でも100歳の人ってあんまり見たことがないですし。

小山:うちの祖母は101歳で死にましたね。

酒井:そうなんですか。人生100年時代っていう、長い人生の中で、どういうところを心の拠り所にしていこうかなと思ったとき、「自分教」って言葉がとてもおもしろいなあと。

前田:他人の価値観を借りて「ああ、こういうふうにやったらいいのか」って普通はいきがちなんですけれど。でもそうじゃなくて、自分というものがいちばん拠り所になるっていうふうにもっていくのは、なかなか大変なことじゃないかと思いますけどね。

小山:大変ですよね。大変ですけど、楽なのかなあ、その言い訳ができる。マラソンをしてて、人生、マラソンによく例えられますけど、途中で止まりたくなることとかあるじゃないですか。

前田:ありますね。

小山:棄権したくなることもあるじゃないですか。でもその自分教の神様が「いいんだよ」って言ってくれたら、別にそれでいいんだって思って、負けても別にいいんだな、と思うこともあると思いますし。目標とか夢は持つことが大切だと思いますけど、叶わないときに虚しくなるとか。夢は叶ってないから夢の価値があるわけで、叶ってしまったら、意外とつまらなかったりとかあるじゃないですか。人間の考え方って常にいろんな方向から身勝手にも考えられますし、そこをなんかゆる〜く認めるくらいのほうがいいのかなと思うんですけどね。

前田:それ、突き詰めていくと泣いちゃう感じがありますね(笑)。

酒井:メディアとして「人生100年時代の幸せはこういうかたち」っていうのを作っちゃダメだなと。そこがメディアを作りながら、今、僕らも悩んでいるところで。こうやっていろんな方にインタビューさせていただいて、回を重ねるごとにウェルビーイングって何だかわからなくなってきたね、っていう。

小山:でもそれ、ちょっと哲学的でもあって、哲学ってそうじゃないですか。それを考えてるのがいいんじゃないですか。何も考えないより考えてるほうが。

前田:そうです、そうです。

酒井:薫堂さん、ウェルビーイングという言葉に、どのような印象を持たれていますか?

小山:なにかちょっと気取った言い方だなという印象がありますかね。

酒井:前々回、遠山正道さんがゲストだったんですけど、遠山さんも同じようなことをおっしゃっていて、ライフスタイルって言葉が流行ったときと同じぐらい、すごくひっかかっていて、これこそ言い換えないといけないなって。

小山:あと僕、マインドフルネスもちょっと。

前田:わかります(笑)。「何それ?」って思いますよね。

熊本弁の「よかよか」と「のさり」を標準語に

小山:ウェルビーイングの、このウェルをどう捉えるかのかなあっていう、ウェルは良いという意味かもしれませんけど、熊本弁で「よかよか」ってあるんですよ。「よかよか」ってふたつの意味があって、「うわー、それいいね」っていうのは「よかよか」ですよね。もうひとつ、失敗した人に対して、たとえば、子どもが失敗したときにお母さんが「もう、よかよか」。「そんなクヨクヨせんでよかよか」。だから、負をどう捉えるかっていうのがウェルかと思うんですよね。

前田:ああ、なるほど。

小山:常に良いものを作り出すんじゃなくて、負をウェルとして捉える力がある。求められるんじゃないかと思います。

酒井:予防医学者で、ウェルビーイングでいろいろ注目されている石川善樹さんも、やっぱり「どう乗り越えるのか」っていう、ほんとうに社会的にみて恵まれていない、でも、そういう人がすごく「自分は幸せなんだけど」っていう人がいると。

小山:そうそうそうそう。僕もほんとにそう思いますよ。

酒井:「よかよか」、いいですね。

小山:「育ボス」って知ってます? 厚労省が全国の自治体にネットワークを作らせてるんですよ。熊本県もそれをやるんで、熊本県庁の担当者が「それをどうやって広めたらいいんですか?」って僕のところに相談に来たときに「熊本県は、育ボスではなく、よかボスにしよう」って。で「よかボス」はいいボスであり、部下が失敗しても「よかよか」って言うし、何かがあっても「よかよか」って言う、その象徴がくまモンで、よかボス宣言っていうのを、くまモンがリーダーとなってやったんです。で、くまモンはゆるいわけですよね。何か失敗しても「よかよか」。それがすごく県の企業のみなさんに刺さって、すごく多くの企業が、社長が、県知事も市長もそうですけど、よかボス宣言っていうのをして。そのよかボス宣言は、たとえば女性の育児を応援しますとか、子育て支援をします、みたいな。そういうことがあったりとか。「よかよか」っていう熊本弁は、方言を全国区にしたい方言の一つなんですよ。
そういうこれまた企画で僕がやりたいのは、毎年、方言を標準語として登録するような制度があったらいいなと。その地の方言だけにしておくのはもったいないなと。本来は熊本県の方言でしたけど、それがステキなので後世につなげたいっていうのは、たくさんあるじゃないですか。

前田:ありますね。

小山:天草に「のさり」っていう方言があって。天草だけでなく、熊本県、福岡の一部もあるかもしれません。僕が副学長を務める京都芸術大学の映画学科で作った映画で、『のさりの島』っていうのがあるんですけれど「のさり」って何かと言ったら、いいことも悪いことも、人生では起こるけれども、それを運命として受け入れること。その姿勢や考え方を「のさり」って言うんですよ。

天草では普通によく使って、たとえば、このあいだ市役所の職員の人が「いや、昨日、ランチで定食を食べに行ったら、急にキャンセルが入って、本来頼んでなかったあじの塩焼きもついてきた。のさったとですよ」とか、そういうラッキーってときも使うし、交通事故に遭って「のさったー」って使うときもあるし、なんかあきらめがつくというか、負が怒りにかわらないんですね。負を怒りにかえないことが大切かなと思います。

酒井:その言葉によって、すごく救われることがたくさんありますね。

小山:そうですね。言葉の力はほんとにありますよね。

前田:「のさり」、いい言葉ですね。

小山:『のさりの島』を撮ったときに、主演が藤原季節さんという役者さんで、クランクインして完成したときは、そんなに売れてなかったんですよ。で、公開する直前にコロナになって、それで一年ぐらい延期になったんです。で、延期になって、みんなで「うわー」って言いながらも、みんなで「『のさりの島』だから、のさってんのよこれが」とか言ってたら、一年経ったら、藤原季節さんがすごい人気俳優になってて(笑)、そのおかげでけっこうお客さんがたくさん入ったりとか。「うわー、のさったのさった」って。

前田:流れに任せていたら「のさったとですよ」っていう感じに。

酒井:心の置き場所ができるっていう。負に転換されないっていうのがいいですね。

前田:負の気持ちっていうのに抗ったり、こうじゃいけないとか「ああ、くやしい」とか思うから、どんどん不幸とか病気になっていくような気がしますよね。

小山:そうなんです。小池陽人(ようにん)さんという神戸の須磨寺の若い、まだ35歳の副住職がいて、その人、H-1グランプリってやってて。法話グランプリやるんです。

一同:H-1!

小山:全国のお坊さんが宗派を超えて説法をするんですって、法話を聞かせて。それで、聞いている人が、誰にまた会いに行きたいかというので投票して決めるっていうH-1グランプリの事務局をやってる人なんです。

前田:すごい。聴きたい!

小山:その人が「苦しみ=痛み×抵抗」って言ったんです。だから、苦しみがあって、痛みに抗おうとする、抵抗しようとすると、その苦しみは大きくなる。だから、その痛みをどれだけ自分が受け入れて、それに抗わないかということが大切なんですって。それって、さっきの負の状態を、いいとこばっかり見つけるんじゃなくて、負とどう向き合うかっていうことでもあるなあと思ったんです。

前田:しょうがないようなことが起きて、頭にきて悲しかったりしても、それ、のさっとけばいいわけですよね。

小山:そうです。のさればいいんです。

前田:そこで自分はどうなるか、じっと見てればいいんですもんね。

小山:そうですね。まあ、それがほんと、それぞれの運命、さだめですからね。

酒井:その地域地域によって、そういう感情との向き合い方の知恵のような感じで、いろんなステキな言葉があるんでしょうね。

小山:それ、オレンジページでやったほうがいいんじゃないですか。

前田:やりたいですね。

小山:僕のオレンジページのイメージは、煮物するときのワンポイントアドバイスとか、そういうレシピの本というイメージなんですけど。

前田:そうですね。ただ、意外と料理ばかりではないんですよ、半々ぐらいですかね。もっと少ないときもありますね。オレンジページのレシピは、その通りに作ったら、今日初めてやる人でもできるっていう、それを非常に誇りに思ってやってはいるんですけどね。でも、ごはんは、意外とみんなレシピ通りに作っていないものだなということもわかったりして(笑)。

酒井:結局、レシピって自分で好きなようにお料理を作れるようになる術、みたいな感じで、自分でコントロールできるような感じで。なので、ウェルビーイングもほんとにそれぞれの方の中に幸せのかたちがあって。結局、美味しいお料理を紹介するんじゃなくて、その人の自発的な行動で、人生100年時代を少しでも前向きにみんなで過ごしたいなあというのが目的で。

前田:「ウェルビーイング」っていう言葉でなくても、これ、なんかちょっと洒落た言葉じゃん、みたいなものを発見して、それを実際の暮らしで、どういうふうに活かせるのかな、っていういう姿勢が持てたらいい。幸せは自分で見つけるもんだってことを、もっと具体的に言うと、どういうことなんだろうか。どうしても、誰かが幸せにしてくれる、なんて思ってたりしますからね。

小山:僕はいつも「幸せは探すものではなく、気づくものである」と思うんですけど。ただ、中にはほんとうに幸せにしてもらってない人もいるかもしれないし。でも、生まれてきたことそのものが幸せですし、この時代にこの国に生まれてることが幸せじゃないですか。

前田:ほんとにそうですね。

小山:戦国時代とかに生まれてたら、いやじゃないですか。人を斬ることが仕事だったりするんですよ。今の時代、仕事に失敗しても斬られることはないけど、あの時代に生きてたら斬られちゃう。だから、今、この時代に生まれてることがまず幸せですもんね。戦争してる国ではなく、日本に生まれてるっていうのがほんとに幸せだと思うし。

「湯道」の家元になった理由

小山:自分が作った言葉を100年後にも残したいとか思ったことはないですか?

前田:思ったことないですね。

小山:今、「湯道」っていうのをやってるんです。湯を道にする。お茶が道になったんだったら、風呂だって道になる。なぜそれを最初にひらめいたかと言うと、またこれ、15年ぐらい前に遡るんですけど、この会社で最初に受けた大きな仕事が、首都高速道路の交通安全キャンペーンだったんですよ。それで、首都高速道路は、当時、事故がけっこう多くて、渋滞があって、1件事故が起こると2キロ渋滞が発生すると。
それによって3トンCO2が余計に排出されるというデータがあったりして。その原因を調べてみると、スピードオーバーでぶつかるとかそういうんじゃないんですよね。

料金所で狭くなってる合流とか、そこでほとんど事故が起こる。つまり、譲り合うことなくぶつかるっていうのがいちばん多かったんで、もっと譲り合うとか、当たり前のことではあるんですけど、やさしい気持ちで運転をする、みたいな。そうすることによって事故は減るんだという。どっちかっていうと心に訴えかけて事故を減らすキャンペーン。スピード出しちゃダメですとか、何かを規制するのではなく、「横にいる人はあたたかい家庭に帰っていく人なんだよね」って考えると、ここで事故を起こしたら迷惑かけるよね、とか、そういうキャンペーンだったんですけど。で、それを僕が発起人としてやってたんですよ。僕はそれまでものすごくスピード狂で、いつも車に乗るとスピード出してたんですよ。それで首都高に乗っても渋滞だったらイライラしてたし、車線を走ってて、どっちの車線が速いかなんて、右に行って詰まったら左に行って……。

前田:やりますね(笑)。

小山:そういう運転をいつもしてたんですよね。ところが、自分でやさしい運転の啓蒙キャンペーンを始めたから、まさか自分がそういう運転をしないわけにはいかないから、すごくていねいな運転を心がけ、それで、入りたい人がいたら、「どうぞ入ってください。前にどうぞ」っていうふうにやっているうちに、ハンドルを握ったらものすごくやさしい人になったんです。

前田:

小山:それまで首都高速はイライラする場所のはずだったのに、僕にとって首都高速はやさしく変わる場所にかわったんです。

前田:すごいです。

小山:それは、社会は何にも変わってないし、道路も何も変わってないし。自分がどういう考え方でそれに向き合うかっていうのを変えただけなんです。でも、こんな身近なところにやさしさの発生装置ができたわけです。それから僕はイライラしたときは、首都高速に乗って、一周してくると「ああ、どうぞ」とかやさしい人になって、またこう下界に戻ってくる、みたいな(笑)。「なんでオレ、イライラしてたのかなあ?」みたいな。そういうことがあって、何かその自分の考え方、見つめ方ひとつで、価値あるものってつくれるんだなって思っているときに、京都の下鴨茶寮の経営を引き継いだことで、お茶の世界と交わるようになって。お茶ってやっぱり、あの茶室に入ったときに、精神的にもいろんなことを考えたり落ち着いたり、作法のことを学ぼうと思ったり、伝統工芸をもっと見ようと思ったり、見立てでこういうのがあるんだと季節感をもっと、みたいな、あれもひとつのスイッチじゃないですか。これ、いいなあと思って、なんかちょっと悔しかったんですよ。
千利休、村田珠光いいなあ、みたいな。なんか自分もこういう常に身近にあるのに誰もがそれに気づかない、何かないかなと思ったときに「風呂だ」と思ったんですよ。日本人はお風呂が好きですし、日本特有の作法があって、やり方があって、それでもってなんといっても気持ちいいし、肉体的にもリフレッシュできるし。たぶんそこに禅のような、自分と向き合ったり、何かを考えるきっかけを求めてる人はまだいないから、風呂に入ったときにいろんなことを考えられるような装置、風呂が自分にとっての書斎ではないけれども思索の場になったら、すごくいいなあと思って、それを「湯道」と名付けようと思って始めたんですよ。

前田:おもしろいですね。

小山:だから今も、風呂入るときは、必ずではないですけど、湯道として、ひとつの茶室に入るような気持ちで入ります。
まず湯道には3つの柱があって「他者をおもんぱかる」。つまり、次に入ってくる人のことを考えるとか。あとは「感謝をする」。そもそも世界90何カ国あって、飲める水が水道から出てくるのは10カ国ぐらいしかないんですよね。その中の一つの国であり、われわれはそれを沸かし、そこに入るという、こんなに感謝すべきことはない。で、感謝をするきっかけとして「今日1日、誰に感謝するんだっけなあ」「今日はオレンジページの前田さんって人が干物を持ってきてくれたな。ありがたい、ありがとうございました」みたいな感謝のきっかけの場になるんですよ、風呂がね。
あと伝統工芸というものを、道具として使うとか、自分と向き合うみたいな中で、言葉を考えようっていうふうに思うことがよくあって。そこで最近、僕が考えたのは「節目」って言葉がありますけど、「節湯」っていうのを考えたんですよね。湯をひとつの節にするっていうか。で、毎年、新年、お正月、元日の朝、つまり元旦に、僕はお風呂に入って、そこで今年の、初日の出を見るようなつもりで、いろいろと新年の計画を立てたりするんですけど。でも、これって別に1月1日だけじゃなくても、毎月、1日を節湯にしてもいいし、月曜日を節湯と呼んで、それまでを1回リセットする。たとえば、何かうまくいっていることがあるとしたら、それにいい気になって追い風に乗るんじゃなくて、一回、それはここで切るとか。いやなことがあったとしたら、一回、節湯でちゃらにして、湯につかって全部を洗い流して、明日から新しい1日が始まるんだ、と思うみたいな。そういう節湯という考え方で風呂に入るというのもあるよな、とか。

酒井:お水に入ること自体、禊(みそ)ぎ。

小山:ああ、そうですよね。それで、風呂っていう言葉は「風の呂」って書くじゃないですか。で、今日の朝、ジムで風呂に入って、サウナに入って、水風呂に入って、ほんとだったら外気浴したいんですけど、外がないところなんで、湯船のふちに座って。これは湯道で「風酔(かぜよい)」って呼んでるんですけど、風に酔うと書いて風酔って言葉を作って。風ってやっぱりいいなあと。風って目に見えないけど、なんか人を心地よくしたり。そういうものっていろいろあるなあと思って。僕は家が好きで、家探しのポイントは景色とかいろいろありますけど、でもいちばんは風だな、どんな風がその家に吹くかっていうのがすごく大切なんじゃないかなあとずっと思っていて。で、奇しくも風呂の「ふ」は風。この風を使った言葉を今日考えようと思いながら、まだ思いついてないんです。

酒井:「湯道」も400年後をめざして……。

小山:400年後にそうなってたらいいなあって、勝手に妄想してるだけですよ。それは人間国宝の室瀬和美さんという蒔絵の職人の方がいらっしゃるんですけど、室瀬さんに「室瀬さん、誰を喜ばせたくて作品を創ってるんですか?」って聞いたときに「200年後の人」って言われたんですよ。200年後の人が自分の作品を手にとったときに「200年前に先人の創ったものがこんなに美しいんだ」とか「どうやってこれ創ったんだろう」って言わせてみたくて、時間に押し潰されない作品を創ることが僕のモットーなんです、みたいな話をされて。なんか物差しの長さが違うなあと思って。

前田:違いますねえ。

小山:特にテレビ番組を作っていると「来週のオンエアどうしようか」とか、思って作るわけですよ。で、雑誌だって雑誌って長いなあと思いながらも、ゴールは3ヶ月ぐらい先じゃないですか。

前田:そうです。

小山:それが200年後をゴールと考えて仕事している人がいる、と考えたときにショックで。「時代を超えて、自分が作ったものが残っていて、それが人に何か幸せをもたらしてるとしたら」って想像するだけでワクワクしてくるなあと思って。それで「湯道」を本気でちゃんとやろうと思ったんです。

酒井:100年後も使われる言葉とを考えるというのは、まさに祈りにも近いところがありますし、「よかよか」「のさり」っていう言葉のように、方言を標準語にしていくって、やっぱり、その言葉によって救われる方がいるから、その言葉を残したい、使いたいっていう想いがあって、そして、100年後もその言葉を拠り所にしている人たちがたくさんいるっていうのは、フィジカルと違う次元で、まさに祈りにも近い行為なのかなあと思います。

小山:方言はその地だけでずっと生きていても、それはそれで大切だと思うんですけど、でも、言葉をきっかけに、じゃあ「のさり」って言葉が好きになった人が「いつかのさりの本場に行ってみたい」と思って旅をして、それでどこかのお店で「わー、のさっとんね」みたいに聞いたときに「わー。本場ののさりを聞いた!」って、嬉しくないですか?

酒井:確かに確かに。聴きたくなりますね。

小山:熊本に行って、タクシーに乗って「1,010円です」みたいに言われて、「千円札しかなくて、あと10円が」「もう10円、よかよか」とか言われたら、「うわー、よかよか聞いたー」とか。

前田:「本物だー」って(笑)。

以下、小山さんが皆さんのご質問にお答えします。

Q:人に対する当たりがきついので、改善したいです。何かアドバイスをいただけませんか?

小山:やっぱり、相手の立場になって考えるってことがいちばんで。たぶん、人に対する当たりが強いっていうのは、自分がすべて正しいと思っていたり、自分は間違っていないと思うあらわれなのかなと思うんですよね。だから、当たりが強いと思う前に、自分が間違っていると思う相手の考えを肯定してみるところから始めて、語りかけたらどうですかね。そんな偉そうなことは言えないですけど。

Q:すごく熊本に行きたくなりました。おすすめスポットはありますか?

小山:天草に行ってほしいです。のさりの島。夕焼けがすごくキレイなのと、あとは野生のイルカが200頭ぐらいいるんですよ、常に。僕も知らなかったんです。今から30年ぐらい前、フジテレビで『ピンクドルフィンを探して』っていう番組をやって、タイとカンボジアの国境までロケに行ったんです。野生のイルカを見て、うちのおやじに「イルカ見に来た。すごくいい画が撮れた」って言ったら、「おまえ、イルカなら、あそこ(地元)の海にいっぱいおるぞ」って。

一同:

小山:天草の漁師さんたちも、空に鳥が飛んでるように、海にはイルカがいるのが当たり前だと思ってたらしいんですよ。で、天草の漁師はずっと、漁で獲った魚をイルカが来るとかわいいから食べさせたら、漁船の音を聞くとイルカが近づいてくるんですよ。そういう非常に友好的な関係があって、イルカウォッチングがそんなに人気だったらってことで、漁師さんたちがイルカウォッチングを始めて、それが20年ぐらい前ですかね。

Q:言葉や表情は穏やかそうでも、有無を言わさず同意を求めてくる人が苦手なのですが、自分に痛みを伴わず、やんわりと流す方法はないでしょうか? 

小山:それは、心の中で返せばいいですよ。僕も押しが強くて圧のある人に、いろいろと言われたとき、それはもうニコニコしながら心の中で言い返してました。ぐっとこらえて心の中にしまっておくのがいいんじゃないですかね。そこでまた口に出して抗うと、苦しみが増えますから。

Q:最近、どちらか記憶に残った温泉や銭湯などの思い出はありますか?

小山:いっぱいあるんですけど、熊本にある世安湯(よやすゆ)っていう、世を安らかにするって書く、これ世安町っていう町の名前がステキなんですけど、ここが熊本の地震のときに、煙突が折れて倒れて、けっこう大変だったんですけど、見事に復活されて、夫婦ふたりでやられてるんですよ。で、僕はそこに「湯道」の家元として、「湯道温心」、湯の道で心温めるという軸を書きまして、プレゼントしたら、男湯女湯、それぞれに貼ってあって、ときどき僕が行くと、「あ、お家元」とか言って、ちょっと家元気分を味わえる(笑)ところなんですよ。ほんとにお湯がやわらかくて、ご夫婦がいい人で、いつ行っても心までポカポカになるようなお風呂で。
3月12日、くまモンの誕生日だったので、くまモン誕生祭に出るために、熊本に行ったんですよね。今、熊本は「まん防」中で、県外の人はお風呂に入れませんっていうルールを銭湯協会で作ってるんですよ。で、僕は世安湯に入りたいし、そもそも家元だし(笑)、当然、入れてくれるだろうなと思って行ったんです。そしたら、入れてくれなかったんですよ。「ほんとにお家元といえども、これは決まりですから申し訳ありません」って土下座されたんですよ。「いやそんな、土下座しないでください」って、そこで自分のおごりを感じて、ちゃんとルールを守って断る、その姿勢に感動した。やっぱり、あそこはいい風呂だなあと改めて思いました。

前田:行ってみたい。

小山:結局、別のところに行ったんですけど、そこもいいんだけど、世安湯のほうがやっぱりいい。心まであったかくなれるんですよ。

Q:大人が子ども時代の気持ちを忘れずに、子ども目線で物事を考えるためには、何かそこにコツのようなものがあると思われますか?

小山:「なぜ?」っていうことを常に考えることじゃないですかね。当たり前をなるべくなくすっていうのは。「なぜだろう?」「これ、どういうことなんだろ?」とか、「なぜ」っていうのは大切だと思います。僕は漢字とかよく「なぜ?」って思うことがあるんですけど、たとえば、人の夢って書いて儚(はかな)いっていうでしょ。それで、人の夢が儚いってなんて寂しいだろうと思うんですよ。人の夢って書いて「のぞみ」のほうがいいんじゃないかなと思うわけですよ。漢字を当てるとしたら。「なんで人の夢ではかないということにしたのかな」と思ったら、夢というものは、今、2つ意味があるでしょ。寝てるときに見る夢と、将来の夢、希望、目標。で、これまたさっきの自然と同じなんですけど、目標とかいう言葉が夢の中の概念に入ってきたのは明治以降らしいんです。

江戸以前は、人々に夢という概念がなかったんです。「いつかこうなるぞ」みたいなのはなかったらしいんですよ。で、dream(ドリーム)という言葉に漢字を当てないといけないときに、夢を作ったんですって。だから、夢っていう意味は、儚いという文字ができた時代は、寝てるときに見て、起きたらなくなるもの、それがはかないものしかなかったから「はなかい」になったんですって。

酒井:言葉が入ってきたときに、日本人が昔から持っていた概念がいろいろそこで変わってしまったんですね。

前田:外来語が入ってくることによって。

小山:逆に日本人が考えたことのなかった概念が、漢字の中であるとか、言葉に残ってるってことですよね。ただ、それは「なぜ?」っていう、何でもいいと思う「なぜ、こうなんだろう?」とか。

酒井:特に言葉とかそうですよね。当たり前に使っているがゆえに語源を考えたり、調べてみたり。

小山:語源、おもしろいですよね。

Q :放送作家になるには、どうしたらいいですか?

小山:放送作家になるには、いろんな方法がありますからね。誰かの弟子になるとか、事務所に入るみたいなのもあるかもしれませんしね。でも、放送作家は今からこの時代、役に立たないからやめたほうがいいんじゃないですか。

Q:京都でおすすめのお風呂があれば、教えてください。

小山:それはね、山代温泉。山代温泉って銭湯があるんですけど、ここは何がいいかというと、水風呂がめちゃくちゃ冷たいんです。水風呂がシングルなんですよ。シングルっていうのは10度未満。9度とか。

前田:それ、危ない。

小山:だから、ほんとに1分入れないです、だいたい。でも、シャキーンと気分が変わって。うちの学生、京都芸術大学の学生に調査させたんですよ。京都で水風呂の冷たい銭湯を。そしたら山代温泉のご主人が「もし、うちより低いところがあったら教えてください。うちはそこより低くしますから」って(笑)。でもいいですよ、あそこ。

酒井:ちょっと行ってみたくなりますね。

小山:京都は地下水、水がいいから湯もいいですよね。沸かし湯ですけど、やっぱりやわらかくて。水風呂がまたいいんですよ。熊本もいいですよ。いい水があるから。

酒井:薫堂さんは、朝、シャワーを浴びられる?

小山:朝、必ずお風呂に入ります。その日を迎える気持ちもそうですし、だいたい会議とか仕事の始まりが本来は10時ですけど、だいたい9時から8時。早いときは7時から始まるんですけど、5時くらいに目が覚めるんで、そのあいだにお風呂にゆっくりつかったり、ジムに行ったりする。5時に起きると2時間することないじゃないですか。だからお風呂に入ってっていうのはあります。

酒井:1日が始まって、いろんな人と打ち合わせをする中で、唯一、自分の時間。

小山:リセットされていいですよ。

酒井:お風呂のメディアのインタビューみたいになってしまいましたが(笑)。本日はありがとうございました。

小山:ありがとうございました。

小山薫堂(こやま・くんどう)さん
1964年、熊本県天草市生まれ。大学在学中に放送作家として活動を開始。『カノッサの屈辱』『料理の鉄人』など斬新な番組を数多く企画・構成。初の映画脚本『おくりびと』では、第32回日本アカデミー賞最優秀脚本賞、 第81回米アカデミー賞外国語映画賞を受賞。くまモンの生みの親でもある。現在、京都芸術大学の副学長も務めている。2020年「一般社団法人湯道文化振興会」設立

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