ウェルビーイングの鍵はチームワークにあった!

情報共有や業務効率を追求するITツールを提供する一方で、
遊び心あふれるオフィスや独自の人事制度など、
働きやすい風土づくりのための改革が注目されるサイボウズ。
一見矛盾しているようだけれど、そこにはどんな経緯や思いがあったのだろう。
ただお金を稼ぐだけでなく、成長や生きがい、社会貢献など、仕事に対するモチベーションが多様化している今、
働く人のウェルビーイングを生み出す鍵が、サイボウズのチャレンジの中に見えてくる。

お話しをうかがった人/
サイボウズ(株):コーポレートブランディング部長 サイボウズ式ブックス編集長 取締役 大槻幸夫さん
聞き手/ウェルビーイング勉強家:酒井博基、ウェルビーイング100 byオレンジページ編集長:前田洋子
撮影/原 幹和
文/小林みどり


━━━まずはサイボウズの創業エピソードからお聞かせください。

大槻さん(以下、大槻)「起業の直接的な理由としては、ソフトウェアのベンチャーに挑戦したいということで、社長の青野が当時の松下電工から独立したということになります。

心情的なきっかけとして青野がよく言っているのは、新卒で松下電工に入って、みんな忙しくしているのに自分は新人だからあまり仕事がない。忙しい先輩を手伝ってあげたいが、何をしているのか分からない。分からないんじゃ手伝えない。そういうことだったんですね。

もっと、みんながしていることが見える化されていれば僕も手伝うことがあったんじゃないかと。なので、起業するにあたっても、情報共有のツールというところをモチベーションに手がけたと言っていますね」

━━━仕事は必ずしも上司から降ってくるものではなく、見える化することでお互いに能動的に働きかける状況がつくれそうですね。

大槻「能動的になれるという部分もありますし、そもそもなぜこの仕事が自分に来たのだろうと。たとえ割り振られる仕事であっても、経緯が見えるのと見えないのとでは受け止め方が大きく違います。
いきなり振られて、やっとけと言われるような経緯が見えない仕事と、最初に経営陣でこういう話しがあって、じゃあこれどこの部署? ここの部署? じゃあそこの部長がAさんやって、と仕事を振ったら、その人は経営判断からつながる“自分がやるべき理由”が見えるので、同じ依頼された仕事でも臨む態度が違ってくるような気がするんですよ。

それはウェルビーイングにダイレクトにつながると思っていて、要は、何も知らされていない中で仕事だけ降ってくるという状態は、ものすごくストレスフルだと思うんです。
生きるか死ぬかを賭けてがんばらなくても暮らせる、安全安心な世の中だと思うので、なぜ私が人生の貴重な時間をかけてこの仕事をやらなくちゃいけないのかということに、ひとつひとつ答えを求めているのが、今の働く人たちだと思うんですね。
そんな中で“意義づけ”ということがすごく問われていて、なぜ? という状況が可視化されることが大切。仕事の経緯だとか、依頼する人の思いだとか、そういったことが見える化されることで、仕事に対するモチベーションは変わってくるのかなと。

そういう意味では、サイボウズのツールを使っていただくと、データが可視化されるということはもちろんありますが、経緯だとか感情だとかそこにまつわるさまざまな“情報と状況”が見えてくると、いわゆる“やらされ仕事”なんかもなくなってきて、自立して楽しく働ける環境を生み出せるのではないかと思います」

━━━感情というのは、これまであまり仕事に持ち込まないようにする空気があったと思いますが、ここ数年で働き方に対する価値変容がすごく大きいと感じます。

大槻「そうですね。僕たちが2006年頃からチャレンジしてきた働き方改革は、まさに100人100通りの働き方がある、だから自立してくださいと促すものです。
自分がこういうふうに働きたい、生きたいということを、会社としては選択肢をできるだけ用意するので自分で選んでくださいと。自分で選ぶことで主体性が出てくると思うし、責任感もできていくし、やりがいも出てくるのだと思います。

そもそも感情がない人間なんていないので、それを無視していた以前がおかしいんですよね。感情も共有することでその人の個性が見えてくる。働き方とそれに伴う日々の感情をしっかり上司やチームと共有していくことで、よりよい働き方改革ができると思うんです。今まではそれを押し殺してしまっていた。

そしてコロナ禍で、それが顕著になりました。特に弊社は出社率が10%台になり、みんな在宅ワーク。一人暮らしの人は一人で働いているような状況になっているので、オフィスで共有していたちょっとした会話だとか感情が全然見えなくなってしまって。そういったものこそ共有して、ありのままの自分を出していいと思える心理的安全性にあふれた組織をベースにしないといけない。そのうえで、仕事とか主体性とかという話しになるので。このベースの部分が、今のコロナ禍においてはより大事であるということを、僕たちも再確認しました。

今まではずっとITツールをつかえば、離れていても仕事はできる、と言っていたのですが、この状況になって自分たちもあらためて気づいたところです。気持ちだとか感情だとかをなおざりにした、100%テレワークなんてありえないよね、と。人と会うことのよさもあるのだから、出社と組み合わせるべきだと。

昨年の『Cybozu Days』というイベントで、『テレワークつらたん』というトークセッションをやったんです。元副社長から新卒一年目まで“テレワークが辛いです”って人たちが集まって、辛いという気持ちを吐露するという(笑) これはもう、ITツールだけで完璧だと思っているわけではないですよ、という意志表示とも言えますね。
テレワークを推進するサイボウズなのに“辛いです”っていうセッションをやってみて、やはりこういう人たちもいて、逆にテレワークでよくなったという人もいて、それぞれのいいところを組み合わせていかないとダメだよねという学びを深めたセッションになりました。IT企業でありつつも、そういう感情との向き合い方はできているほうなのかなと思っています」

━━━業務効率の改善という言葉はIT産業と非常に相性がいいように思いますが、一方で、感情が置いてきぼりにならないか、大切な部分を切り捨てられるんじゃないかという猜疑心を抱いている人も多そうです。そんなことはないんだという心理的安全性を担保する土台をしっかりと作り、そのうえで個性や主体性を引き出すことが、御社が言う“チームワーク”という言葉に集約されているように感じます。

大槻「おっしゃる通りですね。これは僕の理解ですが、コミュニティというのは地域とかその場にいる人たちの、一番ゆるい集まり。グループは、何かしらの活動を一緒にしたいという思いがあって集まっている人たちのイメージです。
一方でチームとは、何のために集まっているかという目的があって、ゴールを決めている人たち。逆に言えば、それが達成されれば解散するような、いわばプロジェクト的な位置づけかなと思います。

なので、チームには必ずビジョンや目的があってほしいですし、それに共感する人が集まっていてほしい。その達成に向けて役割分担が発生しますし、その日々の進捗の中で、Aさんこれやって、Bさんこれやった? という情報の共有ですね。何がどこまで進んでいるか、だとか、何がうまくいっていないのかとか、そのスパイラルを回っていきながらゴールに向かって近づいていくというのが、チームのイメージです。

コミュニティやグループであれば、ある種存在するだけでいい、音楽を聴いて楽しんでいるだけでもいいと思います。でもチームはゴールに進んでいかなくちゃいけない。ひとりひとりが何かしらの貢献をしなければならず、そこに役割分担があり、ひとりひとりが自立した個でなければうまくいかない。チームワークを考えるとき、どちらかというと日本人が苦手とする、自立してやっていく、ということを大事にしています」

━━━かつての学校の部活動のような、強烈なコーチのもとトップダウンで一律のトレーニングメニューをこなす世の中ではないと。自立した個が成立することによって、チームワークはうまくいくんだという考え方なのですね。

大槻「そうですね。一橋大学の沼上先生がかつて、「重い」組織の研究というのをされていました。自分で手を下さない、評論家やフリーライダーみたいな人たちが増えてくると途端にコミュニケーションに時間がかかり、組織の活動が重くなる、という理論です。重いというのは、動きが遅くなることの比喩ですね。
ひとりひとりが自分の役割を全うする形で活動していないと、特に大企業では誰が何をしているのかあいまいになっていきますし、何もしなくてもいいみたいな雰囲気になってしまうかなと。
そうなると関係性もギクシャクして、あの人はなんで働かないのに給料もらってるの? と思う人もいるだろうし、ひとりひとりががんばっていないとチームとして成り立たなくなるというのは、あると思います」

━━━たとえるなら、大きな船の舵を切るのは重く大変だけれど、自立した小さな船の集合体なら小回りもきくということでしょうか。
よいチームワークを作り出すための情報共有や業務の効率化のための手法としては、社内で具体的にどのような議論をしているのですか?

大槻「情報共有のもうひとつ下のレイヤー、つまり組織の土台の部分ですね。そこで僕たちが大事にしているのは、公明正大、ウソをつかないということと、透明性です。

これはMIT(米国:マサチューセッツ工科大学)の先生が言っているのですが、一般的に組織をよくしようとしたときって、まず目標を立て、計画を作り、それでやってみて、なんでうまくいかないんだ、じゃあみんなで話し合おうって考えるだけなんですよ。ここだけやってる。
でもそれは、先ほどの部活のコーチじゃないですけど上から押し付けられがちだし、みんなが共感していない。チーム内の関係性が悪いと、自分で主体的になれない。会議をしても、じゃあ誰がやる?となって主体的な行動が伴わない。
なので、何をするのか決める以前に、いいチームですか?と。率直にモノを言える、ウソをつかないでいられる、ミスをしても怒られない、そういういい関係性のチームであるかどうかが、実は好業績の一番のスタート地点になるという考え方です。

資本主義の中の株式会社なんだからパフォーマンスを上げるぞ! と努力するのは当然です。でも、それ以前の問題で、ウソをつかなくても怒られない、遅刻したらちゃんと寝坊しましたと言える会社であれば、仕事をしていても自然と何かしらのアイデアが生まれたり、社員の主体的な行動によっていいほうに結びつくんじゃないかと考えています。

だから、僕たちは情報を隠しません。経営会議にも誰でも参加できるし、議事録も派遣社員や契約社員を含め基本的に全社員がすべて見られるようになっています。社長も何かミスをすればごめんなさいと言える環境、それがすべて見える形で共有されている。そういう環境であれば、私はここでみんなを信頼しながら働けるぞ、何かミスがあっても言えるぞという気持ちになり、率直な意見が出て、時には尖った意見も出ますが、お互いリスペクトしながら議論できれば新しい気づきもあるでしょう。それがまたヒントになり、新しい事業や試作品をつくるきっかけになっていくのかなと。
ベースの部分の情報の透明性と公明正大、ここをすごく大事にしています」

━━━心理的安全性があるからこそ、ウソをつかなくていい。その心理的安全性につながるためのツールや環境が準備されているのでしょか。

大槻「弊社のツールの大きなポイントは、Eメールに比べて、宛先なしで発信できることです。
メールやウェブ会議、ファックスなど、みんな宛先があるじゃないですか。相手を指定して送る。それは裏を返せば、宛先に入っていない人は見られないということ。簡単に組織の中に壁を作ってしまうツールなんですね。

テレワークでも、もしメールで仕事をしていると、宛先に含まれていないと見えないので、あの人何してるんだろうとか、経営陣が何を話しているのか全く分からない。だからどんどん不安になって、その挙句に転職してしまう。

サイボウズの場合は、たとえばツイッターやフェイスブックのように、つぶやくように発信できるんですね。誰ともなく。
自分のつぶやきスペースというものをkintone*1の中に作って、僕もつぶやいています。こんなこと考えてるよ、今日ちょっとこの仕事ミスしちゃったとか、そんなことを書くわけです。たわいもないことを。それをみんなが見ていて、見た人がつぶやいて、いいねを押したりフォローしたり、そんな感じで今何をしているのかみんな見える。これはもう、社長以下みんなやっていることです。

サイボウズのツールで透明性や公明正大を実現でき、ひいてはこのテレワーク時代に、離れていても効率を落とさずにいられる。効率を落とさないというのは、他者が何をしているのか知ることができ、信頼関係を築けるので、通常通りに仕事が回る状況を作り出せるという意味です。言うなれば、新しいオフィスのような場所を提供できるんですね。

リアルオフィスのよさをオンラインで実現できる。ちょっと横の人に話しかけたいなとか、誰かがこれどうやって申請するんだろうとつぶやいているとして、リアルオフィスなら横の席の人がつぶやいていればすぐに答えられる。同じように、オンライン上のつぶやきを見た人が、こうやってやるといいですよと声かけができるんですね。そういうツールをサイボウズは提供できると思っています」

━━━心理的安全性や信頼性を担保するために、個がどうパフォーマンスできているのか。その評価の軸をどこに設定しているのか気になります。

大槻「いわゆる目標に対してどこまで達成できたかというような、単純なことはやっていませんね。逆に言うと、そんなに明確にこうですと言えることは決めていなくて、全人格的に見ているというか。本人がこういうことを達成したいと目標を立てたなら、それに対してどうだった? と聞くことはもちろんあります。
でもそれ以外にも、公明正大とか透明性とか、あるいは多様な個性を重視するなど、サイボウズが大事にしている価値観に対して行動できているかとか。それも含めてフィードバックしていく形になります。

マネージャークラスになると、ふつうなら一日中会議ですよ、会議室で。みんなの仕事ぶりなんか見られないですよね。でもオンラインになっているおかげで、今日こんなこと困っていたんだ、今日これを助けてくれたんだなど全部つぶやきに残っているので、すごくありがたいですね。それを見て、この発言よかったねとか、いつもサポートしてくれてるねということも分かったりするんですね。

仕事は運もあるし、いいときもあれば悪いときもあるので、仕事の結果だけので評価はあまりしていないですね。
それよりもプロセスだったり、みんなとの関わり方だったり、サイボウズの理想に対してどう行動してくれたか、そちらのほうが重要です。だから弊社の評価基準の最上位項目は信頼性。信頼度が高まったかどうかということを一番評価しています」

━━━会社のためにどれだけ貢献できたかではなく、パフォーマンスが発揮できるいい状態にコンディションが整えられているかどうかを、常にチームとして見ているのだと。そこにひとつのルールがあるとすれば、それは信頼でつながっているということなんですね。

大槻「社長が選択的夫婦別姓で国を訴えるような会社なんで(笑) 業績という尺度だけでは見ていないですね。

僕が以前言ったのは、会社人よりは社会人になってくださいということ。特にサイボウズの製品は業種や規模など関係なくすべての組織で使っていただけるツールなので、社会人としての多様な個が集まった日本社会の縮図がサイボウズ内にあったほうが、よりお客様のことが分かる。性別や年齢、国籍、障害の有無を問わずいろんなメンバーがいたほうが、誰にとってどこが使いにくいなんてことも分かる。だから、本当に多様性を受け止めることは大事ですよね。

なので、仕事のことだけ、数字のことだけ、接待ゴルフがたいへん! と仕事重視の人だけでなく、ふだんの生活を楽しんでいるような、子どもと家庭の自分も大切にする人もいてくれるほうが、じゃあそういう人たちのために必要なツールって何だろうという話しができます」

━━━なるほど。あらゆる業種の働く人のストレスの大部分は人間関係じゃないかと思っているのですが、信頼を真ん中に据えることでチームワークを温めていこうという思想が、実は一番業務効率の改善につながるんだと。

大槻「業務効率を上げていこうとなったとき、効率が上がった先に余剰が生まれますよね。じゃあその余剰で何がしたいのか、という話しなんです。
それがないままに、常に改善、生産性と言って、それで生まれた余剰の時間にまた生産性を高めてって……そうじゃないよねと。人として働きがい、生きがいをもった人生を過ごすために生産性を高めているのではないの? という話しなので、おっしゃる通り信頼なのか、会社によって違うと思いますが、数字だけじゃない価値観をインストールすると、考え方にちょっと幅が出て、あれ、これでいいんだっけ?みたいな疑問も生まれると思いますし。

現場から出てくるそういう疑問を吸い上げられる、受け入れられる器や仕組み、心理的安全性があるかどうかが問われている時代にあって、自分の会社にそれがないと気づいた人は転職してしまう。人口もどんどん減っていくから採用も思うようにできないという、そんな時代です。

なので、ビジネスモデルとか何が売れるとかじゃなくて、組織として多様性や心理的安全性が担保できるかどうかが、今経営の一番大事なポイントになってきていると思います」

━━━IT技術を使った業務効率の改善というと、ITで評価制度を設定し数値を入力すると勝手にその人のパフォーマンスがスコア化されるような、まるでディストピアのような想像をしてしまうんですが(笑) まったく違うビジョンを持っているのですね。

大槻「もちろん組織自体にも多様性があると思います。『ティール組織』*2という本では組織のタイプをカラーで表現していて、たとえばアンバー組織はトップダウンがすべてという軍隊のような組織で、それを良しと思っている人はそれでいいと思うんです。でも、これじゃダメだと、うまくいかなくなったときに、次の進化はこうだ、ということがその本には書かれていて、KPIとか数字できちんと科学的に進捗管理をすれば、アンバー組織から一段上がってオレンジ組織になれると。

で、今増えているのは、それもなんか違うぞと感じている人がいて、そういう組織がさらにもう一段上のグリーン組織になる。弊社も今グリーン組織かなと思っていて、ひとりひとりの家庭や人生を大事に尊重しながら、みんなでディスカッションして意思決定していく。自分の意見が通らないときもあるし、それもすべて自由。僕たちはまだそこまでは行けていないですが、そんな感じですね。僕らが目指す組織像だけが理想というつもりはないです」

━━━なるほど、おもしろいですね。現在進行形で先を見据えた組織改革をしているようですが、こういった取り組みはいつ頃から?

大槻「僕は2005年入社なんですが、当時はまだ全くグリーン組織には程遠くて、ベンチャーということもありいわゆるブラックな会社でした(笑) 
2015年あたりから透明性や公明正大をすごく大事にする価値観やコミュニケーションが生まれてきて。何でもつぶやくようになってきたのもその頃でしょうか。

でもそうなってくると、フラットに意見を言える環境なので、何度か社内炎上を繰り返しています。それで、透明性も高いので、その炎上を見られるんですよね、みんなが。そこで社長やマネージャーがどう対応するか、見えるんですよ、経緯が。それで、サイボウズはこういう価値観を大事にするんだとみんなが学習したと思うんですね。2019年頃からは、その価値観がだいぶ根づいてきましたね。

講演でもよく話しますが、人間って「困っていないと変われない」んですよ。
サイボウズの場合、僕が入社した当時は売上が横ばいになり、離職率が28%もあって、一年たったら4人にひとりがやめていく状況。せっかく入ってきたくれた人が、教育をして、これからというときにやめてしまうと、本当にコストが無駄になってしまうんですね。
それで社長の青野が、これはおかしいと。なんとかできないかと考え始めたんです。そうして2006年に最初にしたのが、育休6年。まずは産休育休を機にやめていく女性社員にまた戻ってきてもらおうという意志表示だったんです。その後、社員の不満を聞いて改善していくという流れでしたね。

僕たちは売り上げと離職率に困っていましたが、こういうきっかけがないと変わらないんじゃないかなと思います。話しが大きくなればなるほど、危機感は共有できません。例えば女性活躍も、政府が言っているからぐらいの気持ちで取り入れようとすると、反対派もいるからなかなか進まないですよね。でも、実際に人がやめていく、新しい採用も難しいし売り上げも伸びない、じゃあ出産された女性の皆さんに戻ってきてもらおうと言ったら、誰も反対しませんよ。

いきなり大きな変化はなかなか起こせませんが、小さな変化を積み重ねていくと、どんどん大きな変化を起こせる体質になるらしいですよ。全体でいきなり何かをするのは悪手で、やりたいと思っている人たち、小さいチームだけで何かを変えてみる。変えると絶対にいい結果が出ます。ビジネスパーソンにはそれが大事で、いい結果出てるから教えてよとなるわけです(笑) 口コミで広がっていく。欧米の会社ならトップダウンでガツンと変わるのかもしれませんが、日本人は和を大事にするので、やりたい人がやる、成果が出て口コミで広げていった結果、最終的に全社に広がるような、そういう変わり方が合っているんじゃないかなと思いました。

とはいえ、最初の最初はやはり経営陣から始まると思いますよ。数人の経営陣が、このままじゃマズイと。どうしたらいいかといろいろな本を読んだりして、多様性が大事だと気づく。それをマネージャー合宿で伝えて。当時、僕もその合宿に参加しましたが、最初は分からないわけですよ。なんでチームワークなんだ、なんで多様性なんだと。まだそんなこと言われていない時代だったので。
でもやっているうちに、事件や社内炎上が起きて、いろいろな人が入ってくると、なるほど、これはひとつにまとめるよりそれぞれでいいんだとしたほうが確かにいいなと気づき始めていく。その学びや価値観の変容を加速させ広げていくツールとして、ITの役割があるのかなと思いますね。

インターネットがない時代であったら、リアルで会った人にしか影響力を発揮できないですよね。上の階にいる従業員にはこの会話は伝わりませんが、ITがあれば中継することができるし、議事録をシェアしてなるほどと学ぶ人も出てくる。広げる、情報共有というところを、ITをうまく使っていくのがいいのだろうと思います」

━━━いいことも悪いことも、すべて見えてしまいますね(笑)

大槻「おっしゃる通りです。大変です(笑) サイボウズさんっていい会社ですね、入りたいですという方は多いですが、大変だよってちゃんと伝えてます(笑)

透明化することのデメリットとしては、管理社会になっていくんじゃないかとか、ストレスがかかる、見られることで本来の自分が出せなくなる、という懸念があると思います。
管理し過ぎてしまうことに関しては目的が大事で、何のためにやっているのかを常に問うていこうと、青野もよく言っています。過剰な見える化がきたら、ちょっと待って、それはプライバシーだよねということもあるだろうし、目的に照らし合わせて変えていこうという姿勢は大事にしています。

一方で、個人の発言が多くの人に見られることに対する耐性やスキルというのは、これはもう100人100通りだと思います。発信したい人は発信すればいいし、やらない人は見るだけでもいい。ただ、苦手な人は、リアルな会議だったり上司との1on1のときに話しを聞かせてほしい。何も発信しないというのは難しいと思うので、発信の手段は選べるような形でもいいでしょう。
でも残念ながらコロナ禍でテレワークの時代には、オンラインで表現できたほうが周囲から信頼を得るという意味でお得だよ、ということは伝えています。今までは出社して働いている様子が見えたのでわざわざ発信しなくても周囲は評価できましたが、オンライン上だと発信しないと存在しないのと一緒になってしまいますから」

━━━人生すべてが地続きになってしまうとしんどいですが、目的を限定したチームだからこそできることですね。そこで、自分や自分の仕事をどう見せるか。このチームで自分をどう“魅せる”か。

大槻「そうです。ある意味プロ。個人として自立していかなくてはいけませんね。究極的には、会社と私が取引しています、サイボウズ(株)と大槻(株)の契約ですよという認識まで、社員ひとりひとりが持っていけるといいなと思います。そう考えると、仕事のアピールは営業活動の一環かなと。やった方がいいと思うんですよね。

報酬についても、サイボウズでは給与希望を聞いて、上司といろいろディスカッションして決めます。市場価値とこれまでの実績と本人の希望額とを上司と話し合うわけですが、この会話をするときに、自分の仕事をアピールするのが嫌だという人がいます。ただ、これが先程の話したとおり、「自分の営業活動」と捉えると、それはしてもらわないとこちらも困るかなと(笑) 目立ちたがりととらえる人がいますが、そうじゃないんだと。自分の仕事の成果やノウハウの伝授にもなるし、自分がどれだけ市場価値をもっているかも分かるし、とにかく必要なことだと、そこは理解していただきたいですね」

━━━今後のビジョンや展望は。

大槻「見える化、透明性と公明正大、多様性、そういったことをずっとやってきた結果、それらが浸透したがゆえの新たな問題が起きているような気がしています。

たとえば、SNSで起きているように、飛び交ういろいろな意見を不快に思う人がいる。少なくとも閉じられたサイボウズの中においては、リスペクトを持って接するのは大事だよね。言われたほうがどう感じるかを考えながら発信しよう、という意見が言えるようになった。じゃあ次は、その言い方でいいだろうか、伝え方ってあるよね、といった具合に段階を踏んで進んでいっています。

また、みんなが情報発信するようになって、コロナの前後で比較すると5倍くらい発信量が増えたんですね。膨大な量の発信をどう適切に受けていくかというのも課題で、多くの人は自分の仕事以外の情報を定期的に受け取るのは苦手なんですよ。
でもそういうことが得意なキュレーターのような社員が出てきて、すみずみまで見回って素早く情報処理し、そのチームにとって有意義な情報を持ってきてくれる。苦手な人はそこを見ておけばいいと。情報共有支援部という部までできました。

そういった、ある程度達成したがゆえの次の問題が出てきているし、日々何かしら炎上も起きているので、そこを忖度なくおかしいと言い、ちゃんとディスカッションされて改善策が生まれ実行されるプロセスが回っていけるのかという課題もあります。

グローバルで社員数が1000人を超えているので、だんだん知らない人も増えてきたし、新しく入った人はコロナで全然知り合いが増えないという問題もあります。
知らない人ばかりで関係性が作れないと、心理的安全性もおぼつかない。そういう新たな問題が発見されて、それらの解決にチャレンジしていきたいと思っています」

━━━高校生にチームスキルの講習もしていますね。大学生でもグループワークが苦手だという相談がけっこうあります。

大槻「はい。チームワークのスキルは学校では習わないんですよね。先生だって学んだことがない(笑) でもほとんどの学生さんは将来ホワイトカラーになるわけで、絶対に必要なスキルだと思っています。

自分の意見を発信し、誰かの意見ともうまくすり合わせて、結論を出す。こういったことが苦手な人は多いし、若いうちに習うことが必要ですね。

青野が言っていましたが、チームワークのスキルをみんなが身につければ、戦争のない世界が作れるんじゃないかと。戦争とはA国の言いたいこととB国の言いたいことがあり、うまくすり合わせられないから戦争になる。そこの技術が人類には足りないから、そこをサポートする何かをサイボウズが提供できたらいいですね。

これはすごくマクロな話しですが、ミクロでも日々の仕事の中でのコミュニケーションでもあるし、高校生でも必要なことなのではないでしょうか」

<記事中脚注>
*1 データベースと情報共有、コミュニケーションをひとつにしたクラウドサービス。
*2 『ティール組織―マネジメントの常識を覆す次世代型組織の出現』フレデリック・ラルー著(英治出版)

【インフォメーション】

サイボウズ
kintoneやサイボウズOfficeなど、チームで働く人たちの情報共有を円滑に進めるためのソフトウェアに定評。規模や種類を問わずさまざまなチームや組織でサイボウズ製品は導入され、中には共働き家庭でkintoneを導入し家庭内の情報共有・家事管理をする例もある。一方で、学生向けにチームワーク講習を開いたり、地方創生や起業家の支援、ビジネス書の出版事業といったソフト面での活動も。一歩先を行く働き方改革が注目を集めている。