野上優佳子さん

食生活はこころとからだを満たして、気分よく歳を重ねるための重要なカギ。
「料理をつくること」は、日々の暮らしの豊かさと深くつながっています。
今回、お話を伺ったのは、弁当家の野上優佳子さん。
30年以上お弁当を作り続けた経験に基づき、お弁当のレシピのみならず、
弁当箱や関連グッズについてもコメントできるお弁当コンサルタントとして、
各種のメディアや講演会、ワークショップなどで活躍中です
多くの人が悩みがちなお弁当づくりを、もっと楽に、ポジティブにとらえてもらいたい、
という野上さんに、料理やお弁当との向き合い方について、語っていただきました。

お話をうかがった人/野上優佳子さん
聞き手/ウェルビーイング勉強家:酒井博基、ウェルビーイング100 byオレンジページ編集長:前田洋子  
文/岩原和子  撮影/原 幹和


小学校5年生の誕生日にねだったのはオーブン

前田 野上さんはいつごろからお料理をなさっているんでしょう?

「私は小学生のころから料理がすごく好きだったんです。本を読むのも好きで、本棚にある昔の西洋料理の本なんかを読んで、そのままつくってみたり。
ともかく料理が好きで、小学校5年生のときの誕生日プレゼント何がいい?って両親に聞かれて「オーブンほしい」って言ったら、買ってくれました(笑)。

中学に進学したらお弁当で、じゃあ毎日自分で好きなものつくっていいんじゃん!と思って、勝手につくり始めました」

前田 お母さんがつくってくれるのではなくて?

「そういう発想はなかったですね。毎日お弁当を持っていくんだから、毎日自分でお弁当をつくっていいんだよね、みたいな感じ。うちの母も、ああ、そうね、という人で」

酒井 その発想になるのは、相当珍しいですね。

「うちは両親が共働きで、母も父と同じくらい仕事をしていて。父と母が大学の同級生っていうのもあるんですけど、男女の区分みたいなのが家の中にまったくなかったんです。
大人がこれをやって、子供はこれをやる、という区分も意識したことがないですし」

酒井 なんかすごいですね。皆さん、独立した思考を持っている感じで。お料理をするのは必ずしもお母さんの役割ではない、というようなご家庭だったと。

「そうだと思います。私は自分がつくるのがあたりまえで、周りの子はお母さんがお弁当をつくっていることを認識したことも、じつは全然なくて。
隣の席の男の子のお弁当に、ほうれん草にお海苔を巻いたのが入ってて、『それ、すてき! どうしたの?』って聞いたら、『わかんないけど、お母さんが』って言って、『お母さん、すごいお料理上手! それ、私も真似する』って言ったのは覚えています(笑)」

前田 お母さんにお弁当をつくってもらったっていう記憶は、あんまりないんですか?

「運動会とか遠足のときにはつくってもらったはずですけど、記憶にないですね。母は忙しくて仕事を休めなくて、小学校の運動会も、たぶん1回くらいしか来られなかったと思うし。祖母がお弁当をつくって見に来てたこともありましたね」

前田 私は勝手に、野上さんはお母さんがすごくいいお弁当をつくってくれて、それを見て自分も、ああ、お弁当っていいわ、って思ったのかなと想像してたんですけど。

「中学校に入ってから、いわゆるデイリーのお弁当は一度もつくってもらったことがないです。母は基本的に料理がすごくていねいで、ほうれん草のごまあえをつくるときは必ずごまを煎る、とかから始まるんですけど、そのぶん、たぶん私に比べてつくるのに時間をかける人だったと思います。でも、お弁当っていろいろ限られてるじゃないですか。リソースもデッドラインも決まっていて、時間までに家を出なきゃいけない。そういうのに対応する適当さは、私のほうが気軽にできたから。今思い返しても、母につくってもらおうと思ったことはないですね」

前田 でも、ご自身のお子さんのお弁当は、自分がつくろうと?

「私、テトリスがめちゃくちゃ好きなんです、ゲームの。だから、お弁当は箱の中にぱちっと納めるのが楽しくて。あと、限られた食材と時間とスペースの中で最適解を毎日毎日出すっていうのが、私にはすごくおもしろいんです、単純に」

“小説家になりたかった気持ち”と自分のリソースを詰め合わせられるのがお弁当

酒井 なるほど。「お弁当コンサルタント」って肩書きもユニークですけど、本当に経営者的といいますか、マネージメント的視点のところが野上さんの心をくすぐるんですかね?

「それはあると思います。で、もう一つは、私、小説家になろうと思っていたので(笑)。なんで小説家なのかっていうと、何かがうまくいかないときも、とりあえず小説の中では自分が自由になれるじゃないですか。気持ちがちょっと軽くなるっていうか。そういう世界を提供できるってすごくいいなと。文章を書くのが好きっていうのもあるんですけど。

だから、大学のときも全然就活もしなくて、卒業した年に長女を産んで。その時に母が「子供がちっちゃいときにもっと一緒にいてもよかったなって思う、それだけ唯一後悔してるわ」って言ったことを思い出したんですよね。彼女は産後8週間くらいで仕事に復帰したそうで。
ああそうなんだ、それなら、子供と一緒にいる時間ってせいぜい6年くらい。人生80年のうちの6年なら、子供と一緒じゃないとつくれない人生の時間を最優先しようと思いました。自分のキャリアはあとからいつでも取り返せる。

そう考えて、大学のときにバイトでやっていたライターの仕事を、どうにか家にいる時間をつくりながらできないかと模索して。子供がいたら取材も難しいよなあ、だったら取材範囲を大きくしないで書けるような、生活全般とかそっち方面のライティングの仕事をしようと。
塾の講師とかもしながら、とにかく家で文章を書く仕事が続けたいという中で、『食』っていうのがやっぱり一番好きで増えていったって感じです。

それで、なんでお弁当かっていうと、話がちょっと飛んじゃうんですけど。そうして仕事しているうちにWEBの時代が来まして。記事が書けて、サイトの構築もできて、写真も撮れて、全体の誌面編集もできるのがライターに必須になってきたのでパソコンを買って。家でできて、順調に仕事が増え続けて数年やってたら、クックパッドというサービスが始まるらしいという話を聞いたんです。

ということは、今私がお金をもらえているコンテンツが0円になる時代が来る。当時もう世の中にブログも流行り始めていたので、料理上手、料理好きの一億総料理研究家時代が来るなと。そこで自分がすべきなのは、料理の精度を一生懸命上げること?いやそこで競争をしたくてこの仕事をしているんじゃないし、じゃあ、私は一体何がしたいのか、どこなら特化できるのかと考えたときに、「お弁当って一番悩みが多いかも、つくっている人たちの」と思ったんです。

お弁当ってポジティブなワードよりも『悩まずにつくれる』とか、基本的にネガティブワードが接頭語にくるんですよね。でも、私はお弁当で悩んだことがなかったので、ああ、じゃあ、小説家になりたかった理由の、人の気持ちが軽くなるような世界をつくることと、『食』を組み合わせたときに、お弁当だったら少しは自分のやりたいことが実現できるかもと思って、それで、お弁当っていうところを選びました」

前田 すごく納得しました。自分がいろいろやりたかったことを集約していくとお弁当だったんですね。その中に自分の技術とか、これまで培ってきた時短ワザとかがわーっと詰められて、それを情報として詰め合わせて外に出すことができる。

「そうです。お弁当ってパッケージとして非常に出しやすいので。とにかくネガティブな言葉ばかりがつきまとうってことは、裏を返せばポジティブな働きかけがたくさんできるなと思って。

じつはシングルマザーになったとき、仕事を安定させるために食の資格でもとろうかと思ったんですよ。管理栄養士とかフードコーディネーターとかいろいろありますよね。それで社会人大学院の説明会に行って、そこの先生に、安定して食べていくために資格を取ろうかと思ってましてって言ったら、『いや、野上さん、それは逆ですよ』って。『あなたみたいな仕事をつくれないから、資格を取ってそれでやっていこうという人が来るんです。あなたが入っても、あなたがイメージしているような仕事へのつなげ方は難しいんじゃないかなあ』って言われたんです。

そこで割り切れました。あえて料理の業界に入らないところで、『食』を俯瞰できるスタンスで仕事をし続けるのが、私にはきっと合っているんだなと。それで、上手につくる、おいしくつくるっていうよりは、料理やお弁当は生活の自由度をあげる手段の一つになることを、心軽やかに、わかりやすく伝えることに特化しようと思いまして」

お弁当はモバイルの食卓であり、お守り

酒井 何だか、今、もう完全にマーケティングのお話をお伺いしているようです(笑)。

「セルフブランディングみたいなことは、やっていかないと自分の未来がないなっていうのは、正直、本当にそうです。どうやってやりたいことをしながら食べていくかは、今でもいつも考えます」

前田 お弁当は今もつくっていらっしゃるんですか?

「そうですね、週に2、3回。リモートワークになって家でお昼を食べるとき、家でもお弁当をつくっています」

「箱が好き」な野上さんがおばあさまから受け継いだ特注のおかもちに入ったお重。現在も毎年おせち料理を詰めている。

前田 いろんなお弁当があると思うんですよね、つくる相手によって。それで、相手によっても、さっきおっしゃった人の気持ちを楽にするっていうことを、どこかで考えていらっしゃるんでしょうか?

「お弁当って『思い』が詰まっているみたいなイメージありますよね。私もあります。私、めちゃくちゃ我が子がかわいくてですね、ちょっとも嫌なことがないように毎日過ごせますようにと思ってたんです、とくにちっちゃいときは。だけど、当然子供に毎日ひっついて行くわけにはいかない。だからお弁当を持たせて。

私、お弁当ってモバイルな食卓です、とあちこちで言ってるんです。食べる時間と場所が違っても、家族全員が同じものを食べることで、なんとなく家に戻ってきたみたいな安心感を持ってくれたらいいなとずっと思っていて。
お弁当を持たせて、それを全部食べて帰ってきてくれると、今日はどうだったって、根掘り葉掘りしつこく聞かなくても、なんとなくそこで無言のコミュニケーションができている気がして。私自身のお守りみたいな感じですね、子供へのお弁当は」

前田 子供の、じゃなくて自分のお守り。子供のことが心配でしょうがないんですよね。

「そうですね。若くして産んで、親が近くにいたわけでもなく、長女と次女は孤軍奮闘の子育てだったので。私は気が強いから嫌なことにも『何よ!』って言えるけど、この人たち、言えてるのかしらと思いながら、子供を送り出さなきゃいけない。そういう意味で、自分がついて行けないぶん、お弁当について行ってもらうという感じでしたね。
それに私、自分が口うるさくなるのが嫌だったんです。とりあえずお弁当箱が空っぽになっていたら、食べる元気はあったんだなとわかるので」

前田 そこであんまり口うるさくしないでおこうって思える人も、意外と少ないんじゃないかという気がするんですけど。

「そこは母に感謝しています。母が口うるさくなかったおかげで、私は自分の好きなようにやってきて、それこそずっとウエルビーイングだなと思って生きているので。それはもう、本当に母のおかげだなと思います」

前田 お母さんの存在っていうのは、やっぱり大きいですね。

「母は私の『したい』気持ちを奪ったことがない人で、そこが大きいですね。彼女はとても料理上手で、いくら私が料理好きとはいえ、小中学校のころの料理のスキルはたぶん大したことがなかったから、母がつくったほうが絶対に早く、おいしくできたはずなんですけど、一度も口出しされたことがないし、火とか刃物とかが危ないと言われたこともない。
これ、どうしたらいいのって聞いたときだけアドバイスしてくれて、たとえ失敗しても、『そこが優佳子のいいとこよ』っていう言い方をしてくれる人だったので。そこが一番、私がこういうふうに生きてこられた、いつも背中を押してくれた部分だと思います」

上下2段に「自然素材とその他」で分けて収納されている数々のお弁当箱は相手やTOPで使い分けられる

お弁当のハードとソフトでつくる相手への最適解を探る

前田 ところで、「お弁当コンサルタント」っていう肩書き、おもしろいですね。

「それ、本を書いたときの担当編集の人がつけてくれたんです。『野上さん、ここはお弁当コンサルタントって言っちゃいましょうよ』って。お弁当って基本的においしくつくるとか、きれいに盛り付けるとか、中身の話しかなかったですよね。でも私の場合、お弁当箱、いわゆるパッケージとか枠も好き。私はハードとソフトが両方あってはじめてお弁当だと思っていて。
文章も木に書いていた時代から巻物の時代になって、綴じる時代になって、その中で文字の形も、表現の仕方も変わってきました。お弁当も箱が変わるのと中身が変わるのと、鶏が先か卵が先かみたいなことで進化していくので、やっぱりハードとソフトの両面があってこそだと。

お弁当の中身の話ができる料理家の人はたくさんいるけど、外側との関係性まで語れる人はいないからって編集者さんに言われて。私、どういう肩書きがいいかわかんなかったんですけど、コンサルタントがいいよって言ってくれるなら、それでいってみようかなって思って使ってます」

前田 たとえば、こういう場合のおむすびは竹の皮に包んだほうがいいですよ、ということが言えるってことですよね。

「そうです。机のないところで食べる人に二段弁当を持たせるより、片手で食べられるものを持たせたほうがおそらく最適解だろうな、とか。
そもそもお弁当は、目の前にキッチンがある状況でつくられる朝食や夕食と違って、外で、時間差があって食べるものだから、高いハードルを設定する必要はなくて、そのマインドセットを悩んでいる方にお伝えできたらいいなと思います」

前田 そんなにがんばらなくてもいいんだっていうことですよね。

「そうです、そうです。お昼って一番がんばらなくていいと思う。みんな夏の土曜日のお昼なんて、おそうめんくらいしか食べないのに、なんでお弁当のときだけ、急にご飯もおかずも何品もってなるんだろうなって、めちゃくちゃ思うんですよ。ご家庭で三食食べていたら、お昼が一番熱量が低めだと思うんです、多くの場合。それなのに、お弁当に対してだけやたらとアクセルを踏む。それはなぜだ(笑)、みたいなのはあります」

「詰める」ことで価値のリフレーミングをする

前田 お弁当って、たとえばシニアの方に食べさせたいときにも結構いいみたいじゃないですか。箱に詰めるって行為には一体何があるんでしょうね?

「一つはたぶん、自分で詰めるときも誰かに詰めてあげるときも、どこかで最適解を見出しているからかなと。お弁当にわざわざ嫌いなものを詰める人ってあんまりいない。そこにささやかなカスタマイズが常にされていて、自分だけのものっていう気分が味わえる。もう一つは、めちゃくちゃアナログなんですけど、ふたを開けるのが楽しいというエンターテイメント性。あとは、自由度だと思います。

私、お弁当が好きな一番の理由はその自由度で、食べる場所も時間も制約されないっていう自由。あと、お弁当は先につくっておくので、つねに自分のことを待っていてくれる。しかも口うるさくなく。その場でつくると、できたてのあったかいのを今すぐ食べて、になるけど、お弁当はそうじゃない。そこがすごく人の自由度を上げてくれてるんだろうなって。

お弁当は量の調節もきくし、食べた量がわかるので、自分の健康とか心身のバランスを図る指標にもなる。そういう意味で、口うるさくないけど、ちゃんと自分に寄りそっているっていうのが、いいところなのかなと思います」

酒井 お弁当とウエルビーイングの関係性ってすごく深そうですね。野上さんのお話を聞くと本当にそう思いますし、お弁当の世界がパッと明るく広がるような気がします。

「ああ、うれしいです。そう言っていただけると。お弁当ってポジティブなんですよ。たとえば、食事の残りものってある意味、邪魔もの扱いになりがちなんですが、お弁当に入れるとそんな汚名を着せられずにおかずになる。残りものを次の食事っていう価値に変えられる。その価値のリフレーミングが箱に詰めるだけでできるのが、すごく手軽でいいです。小難しくないんですよね」

酒井 たしかに箱に詰めるだけで価値が変わりそうですね。

「フレームに入っているって、なんか好きなんです。サマになるって言ったら何なんですけど、そこにちっちゃい世界ができあがるってすごくすてきだなと思います。
家でもお弁当にするのは、家族の食事時間に私が振り回されなくてすむし、つくり手の私も押しつけがましくならずにすむんですよね。いつ、どこで食べてもらっても気にならない。
ご飯と小鉢とかだとラップして冷蔵庫に入れといてレンジで温めてってなるところが、お弁当だと温め直さなくていい。箱一つですむから、洗いものも減りますしね」

前田 今、在宅で仕事をする人が増えていますけど、在宅のお昼にお弁当っていいですね。

「すごくいいと思います。家のお弁当のいいところは持ち運ばないので、スッカスカに入れてもずれたりしないところです(笑)。だから、残りものにラップをかけて冷蔵庫に入れとくか、お弁当箱にご飯も一緒に入れとくかの違いだけの話で、そこの切り替えができると余分なゴミも洗いものも減って楽になると思います。

取材時のお弁当。メインの牛肉の炒め煮のほかは市販、朝食の残り物、作りおき。

今のSDGsにもかなっていますよね。フードロスが防げて、不要なラップとかも使わなくてすむし、容器のリユースもできる。再加熱しないですむってことは余計な熱源も使わない。お弁当って意外にミニマムに、背伸びもせず、小難しくなく、自然にいつの間にかそういうところを実践できてる、よくそう思います」

酒井 SDGsもウエルビーイングもって、お弁当は最先端ですね。

「私、お弁当のことが好きなんで、何でもいいように言っちゃうんですけどね(笑)」


野上優佳子 のがみゆかこ
弁当コンサルタント。中学生からお弁当を作り始め、3人の子の母としても作り続ける35年以上の弁当歴から生まれる実用性の高いレシピが好評。多くのメディアで活躍、国内外でお弁当に関する講演などを行う他、サステナブルな素材や伝統技術を生かした弁当箱の商品企画や監修にも携わる。最新刊『楽しく作って毎日おいしい こどものおべんとう』(成美堂出版)。東京学芸大学こども未来研究所教育支援フェロー。株式会社ホオバル代表。