母に食べてもらいたかった世界で一番おいしいパンケーキ 第十六回 「APOC」(東京・表参道)

文/麻生要一郎
撮影/小島沙緒理


「世界で一番美味しいパンケーキ!」と、すすめてくれたのは、料理家の渡辺康啓氏である。そのお店こそ、大川雅子さんが手掛ける、骨董通りにある「APOC」だ。店名は、雅子さんが営むもう1店舗のお店「a Piece of Cake」(岡本太郎記念館内)に由来している。

僕は、渡辺氏の紹介がきっかけでAPOCへと出かけるようになったが、その後に出会った、家人も以前からの馴染み客であった。2人で行くと、僕はコーヒとパンケーキ、家人はビールかワインでパンケーキ。そして雅子さんとお話するのも嬉しい時間、料理家の大先輩として、お弁当のケータリングをはじめた頃や、最初の本を作るときなど、随分と応援してもらった。お店の経営者の先輩としても、家人のお店が移転のためにしばらく場所がなかったときなどは、随分心配してくれて、また普段の営業でも気にかけてくれているのも嬉しい。僕が、高齢であった姉妹の介護が大変だった時も、お店に行っては話を聞いてもらい、人生の良き先輩として、どっしりとしたその安定感で受け止めてくれた。忙しくてお店に行けない時だって、APOCの前を通って看板を見るだけで、雅子さんのお顔が浮かんで、励まされるようで嬉しかった。

いつもメニューを見ないうち注文してしまうが、僕がいつもオーダーするのは、パンケーキが2枚のA’ ホイップクリーム with レモンとホエー豚の無添加ベーコン。お皿の左側には、美味しそうに焼かれた目玉焼きとホエー豚の無添加ベーコン、右側にはホイップと季節限定のラズベリーカード、そして美味しいバターとレモンが添えられている。さらには、コクのあるメープルシロップ、APOCオリジナルのクレオールスパイス(カイエンペッパーやパプリカにクミンなど様々なスパイスをミックス)、ピスタチオ&スマック・グリーンハーブガーデン(ナッツとスパイスやハーブをブレンド)、メープルチョコレートミックス(有機カカオとメープルシュガーとスパイスをブレンド)が、名脇役ぶりを発揮してパンケーキの美味しさをさらに引き立ててくれる。ちなみに我が家の食卓には、このクレオールスパイスが常備されていて、目玉焼きやお肉、サラダなどにトッピングしている。


 
パンケーキを供しながら「はい、まずメープルシロップをかけてね」と言いながら、雅子さんが目の前の席に座った。「バターは溶かさずに、そのまま食べて」と、他のお店で食べるパンケーキやホットケーキに添えられてくるバターは、表面に塗るように溶かすのが一般的だが、APOCの場合バターを切ってのせたら、そのまま一緒に頂くのが美味しい。ベーコンや目玉焼きには、メープルシロップにクレオールスパイスをかけて頂く。メープルシロップにホイップは、言わずもがな幸せな味。さらにバターをのせたり、ホイップの方にもクレオール、ベーコン、甘い塩っぱいを交互に織り交ぜ、さっぱりさせようとレモンを絞ったり、ピスタチオ&スマック・グリーンハーブミックスで風味をつけ、メープルチョコレートミックスの甘くスパイシーな香り、そうやって楽しんでいると2枚のパンケーキは、あっという間にお皿の上から消えてなくなっている。シンプルなだけに単調になりやすいと思われがちなパンケーキ、APOCでは飽きることがないのだ。

青山通りから骨董通りに入って、信号を2つ超えてからしばらく歩き、APOCの看板を見上げながら2階へと進みお店の扉を開けると、店の奥にあるキッチンにいる雅子さんが、真っ直ぐ見える。慣れ親しんだものにとっては、お店に来たというより、どことなく雅子さんのお家に遊びに来たような気持ちになる。壁面にかけられているパッチワークのカーテンは、共通の友人である、desertic平武朗さんによるもの。古いニットを解体して、パッチワークしている。僕らも、彼のブランドのシャツを着ているので、馴染み深い。お店に行くと帰りにはいつも、クッキーを買う。たくさん種類があるけれど、僕のお薦めはレモンクッキー。さくさくとした食感で、レモンの爽やかな風味があとひき、一枚食べてはついもう一枚と手が伸びる。チョコレートクラックルの、ひび割れた佇まいも可愛い。自分のおやつや、友人へのちょっとした手土産にも最適だ。りんごが美味しくなる季節には、りんごの丸ごとローストや、タルトタタンも並ぶ。僕は、雅子さんの作る、タルトタタンが大好き。美しい断面、林檎がもったりとしていなくて、さっくり軽やかに食べられる。りんごのローストは、少し時間が経った方が美味しいそう。そのまま食べても良いけれど、焼いたお肉と合わせても、美味しいのだとか。そう書きながら、また書き並べたものを、片っ端から食べたくなってきた。

初めて訪れた頃、母はまだこの世に生きていた。パンケーキも、クッキーも、タルトタタンも好きだったから、一緒に連れて来れば良かったなと思う。もし生きていたなら、彼女は骨董通りのパーキングメーターのスペースにさっと車を縦列駐車して、お店にやって来ただろう。きっと喜んだだろうな。僕の誕生日のお祝いに、雅子さんがダークフルーツケーキを焼いてくれたことがあった。ドライフルーツやナッツをブランデーに1年以上漬け込んで熟成させた、自家製フルーツミンスがたっぷりの贅沢な味わい。箱を開けた途端、まるで宝石箱のようだった事を覚えている。人生で一番嬉しい誕生日のケーキだった。

 雅子さんと僕は一月生まれ、一緒に誕生会をする約束をしている。料理の方は、頑張って作るから、あのケーキが食べたいとリクエストしてしまおうかな。その前に、日程を相談しに家人と2人でパンケーキを食べに行こうか。皆様もぜひ、美味しいパンケーキを食べにAPOCへお出かけ下さい。病みつきになること、請け合いです。そして、骨董通りをもう少し進んで、一本裏手のa Piece of Cakeにも、どうぞ足をお運び下さい。


APOC(アポック)

東京・表参道APOCのパンケーキは、一口食べるとすぐに「今まで食べてきたパンケーキとは違う!」と気づく。そして、大川雅子さんのおすすめのままにメープルシロップをかけたり、オリジナルのスパイスをかけたりして食べ進むうちに味の変化と食感の変化に夢中になってしまう。料理研究家でもある大川さんが2011年に開店したこの店のパンケーキミックスは研究を重ねたオリジナル。その調合は外注することなく、今も大川さんが自ら毎日行うという。
「生地は毎日同じにはできないの。だから、焼き加減もその日で変えるから日々が勉強。食べ方をおすすめするのは、お客さんに”新しい味の体験“をして欲しいから」、というパンケーキに添えられるスパイスもクリームもすべてがオリジナルで、それらをすべて皿の上にまとめ上げるコンダクターが大川さん。ぜひ、おすすめの食べ方で召し上がってみてほしい。きっと、新しい「大人のパンケーキ体験」ができるはず。

メニュー
A‘:ホイップクリームwithレモンとホエー豚の無添加ベーコン   2,420円
A‘’:A’+パンケーキもう1枚    3,000円

他にもC:APOCスペシャル(パンケーキ2枚に、ベーコンなどの他、フルーツコンポートや目玉焼きなどのトッピングが2種類選べる) 3,150円など
*すべてに無添加メープルシロップ、バター、ドリンク付き
*価格はすべて税込

住所:東京都港区南青山5-16-3 メゾン青南2F
営業時間:水・木・土曜日 12:00~17:00(LO17:00)
     金曜日 12:00~15:30(LO15:30)
         お買い物は18:00まで
定休日:月・火・日曜日

*カード可、電子マネー可