世界で一番好きな、お寿司屋さんのようなイタリアン 第十五回「ЯIOTA(イオタ)」(四谷)

文/麻生要一郎
撮影/小島沙緒理


「ЯIOTA」の宮添亮太シェフの作る料理が、僕は世界で一番好きだ。イタリアンを食べたいという気分と、季節感のある素材が生かされた和食を食べているような感覚、両方が自然に楽しめるから。そして、何より親しみやすい屈託のない彼の人柄が好きだ。今では、お店だけではなく、我が家の食卓を定期的に囲む関係性にもなっている。もし僕が、専属料理人を雇えるような立場になったら(ならないけれど)、先ずは彼にオファーをするだろう。

もう何年前だったか覚えていないが、家人と東京駅から千駄ヶ谷の自宅へ電車で帰る途中、四谷あたりで食事をして帰ろうという話になった。特にお店の当てがあったわけではなかった、その日の気分的には、イタリアンかビストロっぽいお店が頭に浮かんでいた。四谷、イタリアンで検索をすると、お店はたくさん出てくる。その中から、僕は情報を分析して慎重に一軒のお店を選んだ。その時に見つけたのが「ЯIOTA」の前身であった「La Mela」である。信頼する、レストランジャーナリストの犬飼裕美子さんが、レストランを紹介する記事の中で、次のように太鼓判を押していた「料理人に必要な資質は“継続”だ。修業の大切さはどれだけ我慢強く、技術を身につけ人間関係を築いたかにある。星の数ではなく、内容の濃さにあると思う。」その力強い言葉に、惹きつけられた。

訪問すると、季節感のある魚や野菜の名前が並ぶメニューに心が躍った。(その頃はアラカルトメニューが中心)そして、その魚が真っ当な寿司屋のように手がかけられていて、美味しかったこと。和の素材を料理に織り込む事も、これ見よがしに、わざとらしい感じにならないで、自然体なことも良かった。

そのお店が11月に大幅リニューアル、宮添シェフがカウンターを舞台に、素材から食べたいものを決めていく日替わりのコース(アラカルトも20時30分以降は可能)を提供する「ЯIOTA」として、再スタート。自慢の魚は、彼の故郷である下関からも届く。ネタケースに並べられた、魚の様子は寿司屋さながらである。以前は、厨房と客席が離れていたので、料理をする様子は見えなかったけれど、カウンター越しに料理が仕上がっていく様子が見えるのは楽しい。

この日の前菜の盛り合わせは、
藁で燻製した鰤 根菜のピクルスと蕪のピュレ添え
車海老とあおりイカ きんかん 柚子ビネグレット
寒鰆の炙り 焼き茄子添え
椎茸のコンフィとルッコラのサラダ
という4品が並ぶ。

この一皿を見ているだけで、にんまりしてしまう。魚は、素材が良ければそのまますぐに食べたって美味しいかも知れないが、手間や時間をかける事により引き出せる味がある。時間をかけて、手をかけて、食べどきをねらった提供は、料理人としての経験値のほか、魚の美味しい下関で育った彼の勘所も影響しているだろう。僕が養子に入った姉妹も、鰤の大きな柵に塩をして、少し寝かせたものをお刺身でよく食べさせてくれた。「魚は、すぐ食べたって美味しいかも知れないけれど、手をかけるとより美味しくなるのよ」と、教えてくれた。鰆も基本的には淡白な魚だが、少し手をかければ、美味しさが引き出されて、上等な味わいになる。鰤も鰆も、ここで食べるのが一番美味しいと、毎回思う。

イカ墨のパスタ

イカ墨の料理、僕はもともとあまり好きではなかった。ある時に宮添シェフにイカ墨のパスタを作ってもらうと、その美味しさに開眼、僕の大好物になった。他のお店でも試してみたけれど、やはりここで食べる美味しさには届かない。そして、パスタを煽る姿の何とも楽しそうなこと。その様子は見ていて、嬉しい気持ちになる。やはり作る人のスタンス、キャラクターは、味わいにも影響する。目の前に供されると「大好きなイカ墨のパスタ!」と思って眺めたが、真っ黒な一皿は、するするっと僕の胃袋へと一瞬で消えていった。歯が黒くなったって、何だっていい、美味しくて幸せなのだから。

ウニのパスタ

続いては「良いウニが入りました」と、嬉しそうにケースを見せてくれてから、ウニのパスタが登場。やはり、寿司屋のようだ。2皿目のパスタだから、量を減らすかと聞かれたけれど、他のお店なら頷くかも知れないが胃袋がもっと食べたいと言っている、通常の量でお願いした。素材の味を生かしたシンプルな仕立て、このパスタの中に飛び込んでしまいたいという気持ちになった。

パスタも、しっかり食べたければロングで、おつまみ的にちょっと食べたいという時にはショート、と言った具合に、その時の気分や食べたいメニューに気軽に応じてくれるし、誰にとっても、そういう声が届きやすい親近感が、彼にはある。

えぞ鹿のソテー

メインにはえぞ鹿のソテー。八頭を使ったピュレに、セリが添えられていた。ソースは、鹿の骨などを使い出汁をとったものをベースに、アップルビネガーを組み合わせ、あっさりと仕上げられていた。火入れも丁度よく、パスタを2皿食べた後でも、美味しく食べる事が出来た。僕は下戸なので申し訳ないが、赤ワインと味わえば、きっと最高の組み合わせだろうと思う。家人はいつも、お皿ごとにワインを楽しんでいる。

僕は家業の仕事をしている時に、接待も多くて、誰より早く食べ終わり、会計を済ませて、みたいな事ばかりしていたから、驚くほど早食いなのだ。食の仕事に就いてからは、あんまり早いのもみっともないので、意識してゆっくり食べるようにしているが、ここではついつい早食いに戻ってしまう。料理は出て来た瞬間に食べたい、もたもたするのは粋じゃない、特にパスタは寿司のように食べたいと思っているから余計である。先日伺ったときも、パスタを一気に食べ終えて良い気分になっていたら、両隣はまだ一口頬張ったような量しか減っていない。少し恥ずかしい気持ちになったが「食べるの早いっすね」というシェフの笑顔に救われた。

書きながら、もう気持ちは四谷に向かっている。早くあのカウンターに座って、ネタケースを見せてもらいながら、美味しいものを食べたいと心から願っている。皆さんもぜひ「ЯIOTA」へお出かけ下さい。


ЯIOTA(イオタ)

山口県下関市出身の宮添亮太シェフのイタリアンレストラン。2023年11月に旧「ラ・メーラ」を改装し、名前も新たにオープンしたのが「イオタ」。上京後、修行したレストランを卒業した後は独自の感性とセンスで“宮添のイタリアン”ともいうべき、きっちりと下ごしらえがされた料理を提供している。特筆すべきは魚介の前菜盛り合わせで、温かい皿と冷たい皿の両方があり、好みで選べるが、そのどれもが全く臭みなど感じさせないきれいなおいしさ。個体ごとに熟成期間や味付け、食材の組み合わせを考え抜いて仕込み、その時になったらさっと料理して客前に出す姿は、まるで食材のステージパパ。魚は漁師、海女さんから直送で取り寄せたものだし、秋のジビエもしっかりと選抜された食材で、季節をいただく喜びがしっかりと、しかも実にカジュアルに堪能できる。
前菜、パスタ、メイン、デザートと7~8皿のコースのオーダーがメインだが、時間帯やおなかのすき具合によってはかなり自由にオーダーできる。ワインの品ぞろえも豊富で、皿にあわせて相談すれば間違いない組み合わせが楽しめる。カウンターの他に気持ちの良いインテリアの小部屋も用意されている。「こういう店が欲しかった!」と思わせるとっておきの店。

コースは前菜、パスタ、メイン、デザートなど7~8皿 11,000円(税込)
*内容はその日に入った食材から選ぶ
アラカルトは 20:30以降から

グラスワイン 1,000円~

住所:東京都四谷本塩町1-13 横尾ビル1F 
電話:03-6457-8028
営業時間:月曜日~土曜日 18:00~23:00 
定休日:日曜日

*予約は電話またはインスタグラム@iota_yotsuyaのDMで受付